6.君が笑い声をたてるけど僕は少し面白くなかった
「驚いたか?」
極限(実際鼻が触れた)まで近付いたギギナの美貌。
ぽかんと眼を見開く俺の頭をギギナはぐしゃぐしゃと掻き回す。
そして珍しくも笑い声。
おまえが声を立てて笑うなんて珍事でそれこそ笑っていいのだろうけど。
「蚤の心臓だな」
だけど俺はちっとも面白くなくて。
ニヤニヤと、更に伸びてきた白い手を乱暴に叩き落とした。
耳に入る音は外野四人中三人からのトチ狂ったような黄色い歓声。
―――ああ、今日のギギナの服装が珍事続きのカッターシャツで本当に良かった。
「‥‥驚いたか、ばーか」
ぽかんとする顔に「面白かっただろ?」笑い返してやったら。
「‥‥面白くてたまるか」
おいおい、そんな赤い顔してたんじゃ、接吻よりおまえの方が熱くなるだろ。
7.僕と君との出会いは奇跡だった
「おまえらの出逢いってどんなだったわけ?」
「なにがだ」
「いや、おまえとガユス、仲悪いくせにいつも一緒に引っ付いてるだろ。例えるならば金魚の糞」
「野生の狐に自殺志願の感情があるとは知らなかった」
「例えだ例え。だから一体どんな感動秘話が後尾を引いてんのかと思ってさ」
「アルリアン如きに話さねばならない理由が無い」
「あーやだやだ独占欲の塊は。けちけちすんなよ、別に減るもんじゃねぇし。広がりはしても」
「貴様、あれの何を減らし何を広げる気だ」
「だから減らしゃしねぇって。寧ろ減らしてんのはてめぇだろ。あと広げてんのも」
「私は広げはしても減らしてはいない。増やしている」
「何が増えてんだよ。借金?」
「アルリアン如きに話さねばならない理由が無い」
「あーやだやだ独占欲の塊は。けちけちすんなよ、別に減るもんじゃねぇし。広がりはしても」
「貴様、あれの何を減らし何を広げる気だ」
「だから、」
あの日君に出逢ったあの瞬間から
奇跡という名の依存が堂々巡りに僕の中を駆けている
8.僕という存在を君は認めてくれる
「ギギナ、ギギナよ、ギギナさん」
「なんだ鬱陶しい」
「俺はおまえの全部が嫌いです」
だからそこら辺宜しく。
ぺこりと頭を垂れてそう仰々しく宣言された。
「そうか」
「で、なんでそこで嬉しそうに笑うんだ。さてはマゾか。新生マゾか。そんなところもまた嫌いなので再度宜しく」
「了解した」
「再三宣言すんぞ」
一を殺して九十九を愛していると告げられるより
百全てが憎悪の対象と切り捨てられる方が
己のあるがまま全てを肯定されている気がして笑ってしまう。
そう言えばまた「嫌い」という言葉と顰めっ面をくれるのだろうと容易に想像できて
また笑みが零れた。
9.僕の時間はいつの間にか君と止まっていた ※死にネタ(反転)
流れる赤はとても熱くて白い熱気が立ち込める
触れた身体は凍えたように冷たい
怯えて絶叫を上げたけれど 散るのは黒い血液だけ
―――ああ、胸が重い
視線を下げればぽっかりと穴の空いた自分の胸
そしてその穴を通って突き出た刀剣が 抱えた相棒の胸へと抜けていた
―――ああ、胸が軽い
10.君という小鳥はずっと僕の腕の中
「肩は貸すけれど‥本当に歩けるの?」
「ああ、大丈夫だ」
治療を受ける為、女の肩を借りてラズエル本社へと一歩踏み出そうと立ち上がる。
滑る視界の途中、視界の隅に相棒の姿が映り込んむ。
咒式の多重展開の結果、掛かった負荷により鮮血の噴き出した背中。
今はもう消えた黒翼の根元、まだ渇かない傷跡からはその血が名残のように流れていた。
さっきまでしがみ付いていたあの背中。
さっきまで抱えられていたこの背中と、抱えていたあの背中。
「‥‥ガユス?」
「何?」
「本当に大丈夫?無理なら担架でも‥」
「大丈夫だよ。少しぼうっとしていただけで。」
そう微笑んで、あの背を二度見ることなく歩き出す。
瞳に焼き付いた広い背を伝う赤の軌跡と抉れた傷痕が
羽根をもがれた鳥を思わせ、俺はわらった。
(write 06.8.9)