26.僕を試すかのように君は笑った
「ギギナ」
「何だ」
「毎度毎度のことだが、エコロジスト思想を微塵も感じさせない100%純正紙制の束はなんだ」
「なに、廃品回収の公務員に集荷させれば貴様の好きな金になる」
「印刷インク以外の書き込みがあると引き取ってくれないの!」
「ならば喜べガユス、それはつまり貴様の経営手腕の見せ場ができた」
「―――‥ギギナ」
普段は向けてくれないスマイルを見て、ギギナは己の失態に漸く気付いた。
27.君との時間は掛け替えの無い僕の日課
「ギギナのせいでまた家具が増えたー。借金も増えたー。その調子でギギナも分裂で増えて、果ては認視不可能なほどに
細かくなればいい。身を粉にしろ。そしたら漏れなく瓶詰めにしてエリダナの女に高額で売りつけてやる」
「例え我が身が灰になろうとも、貴様の傍に居よう」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥えっと?」
「愛している」
「―――‥しっ、しね!死ね、そして死んで来い!」
投げたインクの中身が飛んで机の脚に染みを作った。
あとはいつも通りの日課の時間。
28.僕の隣には君がいる
「んだよ?」
「いや?」
細められた銀の目は、決してこちらにガンくれている訳ではなく(寧ろ妖しげな艶を含んでいて)、
その視線に当てられた俺は己の貧弱な肺活量も相まって、息を継ぐペースが速くなる。
「‥なに?」
「何がだ?」
街に繰り出せば下僕を従える暴君宜しく常に俺の前を歩いていたくせに、何を思ったか今、距離が近い。
先週まであった距離が無い。
歩幅を広げ小走りになってみせても、哀しいかなコンパスの差という物理的障害。
俺とギギナの距離は縮まらなかった。
29.君の後姿は儚くて僕は君に手を伸ばした
たまに。本当に、たまに。
例えばそれは夕日を見ていたときだとか朝日を背にしていたときだとか、月の明かりが眩い夜だとか。
似たような場面ばっかりだけど、そんな時。
つまりそんなふとした時。瞬間。そう、何気ない一瞬だけ。
綺麗な景色にギギナが掻き消されてしまいそうだ、と思うことがある。
ギギナは綺麗、だと思う。(本人は気に入らないらしいけど)
だからどんな絶景だって、あいつが立てば飾りものにしかならない。人間なんか、飾り物にすらならない。
でも、だから。
綺麗過ぎるからこそ、世界から浮いたあいつの姿がとても弱くて切なくて、独りに見えることがある。
ふっと、瞬きした瞬間にでも、いなくなってしまいそうな。
だってギギナがいないほうがその景色は『自然』に近い状態なんだ。
流れる銀糸を掴もうとして、手を伸ばしてみた。
同じ寝台に横たわってるんだ、届かない距離じゃない。
あと数センチメルトル。けれどそこで躊躇われ、そのまま右手はシーツを握った。
この世に掠りもしないようなギギナだから、いつか俺がコイツを思い出そうとしても、きっとその時にはきっかけすら掴めない。
俺が鼻を啜ったのと同時に、不満そうに鼻が鳴った。
30.君を裏切った僕を許してなんて言わない
最初に仲間と誓いを立てたのは俺だった。
なのに仲間のおまえをあの日見捨てて逃げたのは俺だった。
先に裏切ったのは俺だった。
『連れて行ってくれッ!』
だからあの咆哮に痛みを感じるなんて、筋違いもいいところ。
許して欲しいんじゃない。
受け入れて欲しいんじゃない。
そうだ、俺は一度たりとも許しなんて請うていない。
だからおまえに謝る日なんて、きっと来ない。
(write 07.3.7)