『設定温度』
「ギギナ」
「……」
「ギギナ」
「…なんだ」
「ギーギナ」
「なんだ」
「ギーギーナー」
「だからなんだ!」
「すき」
あーあ。また冷房の設定温度を下げないと。
『食欲の秋』
書類を届けて事務所に戻れば、紫の粒の連なる
房を手にしたギギナが「しまった」という顔をした。
「てめぇ、それは俺がデザートに冷やしておいた葡萄ッ!!」
「…何が」
「何がじゃないだろ!何勝手に取ってんだよ!」
葡萄といえばこの季節の旬の果物。
昨日寄った市場で安売りしていたもので、今日事務所に持ってきたのだ。
デザートにでも食べようと。
最近、少しは涼しくはなったとはいえ、それはあくまで夏よりは。
涼を求めたドラッケンが冷蔵庫を開けた時にでも運悪く
発見されてしまったのだろう。
くそう、これからは冷蔵庫にも咒式トラップが必要か。
「葡萄一つ如きで何をそんなに喚いている。貧困丸出しでみっともないぞガユス」
「葡萄一つ『くらい』食うのやめたら?」
揚げ足取りにもギギナは鼻を鳴らしただけで、房の下から
皮も剥かずに一人で齧り始める。
紫の玉はあっという間に消え去り、ギギナが指に伝う果汁を舐めているところだった。
行儀悪い。
「葡萄一つくらいで何をそんなに不機嫌になる?」
「…別に」
呆れながらの俺の視線の先、しかし帰ってきたのはちらりと向けられた視線。
「…おい、ご馳走様くらい言ったらど―――…むぐっ!?」
それともう一つ。
「貴様にも食わせてやった。有り難く思え」
生ぬるい果汁なんかいるか。
厭な嗤みを眺めたまま、俺は咥えた白い指に齧り付いた。
肉欲だって食欲の秋。
『particular in ...』
「家具。家具だ家具。家具フェチ」
「あれは愛だ。真実の愛」
「お前のは愛を通り越したと見せかけて道に迷って奇人変人変態鬼畜」
「一人身男の吠え事、悲しい事この上ない」
「つまりそれは『浮気してこい』という事だと解釈していいんだな?」
「私の相棒の眼鏡は料理という咒式士にあるまじき貧弱な趣味がある」
「話し逸らしやがったな。というか料理は人生の営みだろうが。料理こそ愛だ愛」
「くだらんな。軟弱だ」
「…そんなこと言うんなら今夜の約束だった仔牛股肉入りピリ辛スープ作ってあげない」
『スマイルゼロイェン』
笑顔、微笑、冷笑、満面嗤み。
「…、ギ、ギ、ギギッ、ギギナさん?」
「何だ」
「お腹がお空きにはなりませんか?」
「今し方、貴様と外食から帰ったばかりだが」
「…今日はなんと良い天気ですね?」
「ああ、雨が降っているからな」
「……今日は家具屋には行かれないんですか?」
「生憎と行きつけの家具屋が休業日でな」
ちょっとは俺を助ける方向に回れよ世の中ッ!!
「ガユス」
「…っ…」
「ガユス」
「……俺、悪くな」
「ガユス?」
嗚呼、なんて素敵なその笑顔。
「ごめんなさいすみません俺が悪かったですもうしません」
―――笑顔って人を幸せにするとは限らないらしい。
(05.8〜05.11)