『見るもの』
「桜綺麗だなー」
「なんだ、お前にも女以外を綺麗と感じる心があったのか」
「意外そうに言うな」
「意外そう、ではなく事実意外だ」
「失礼な。……てかそれ、嫉妬?」
「っち、がうっ!」
「大丈夫、お前の方が綺麗だ」
「…っ…」
「そんで夜はまた別格」
「お前、最低だっ!!」
『クッキー日和』
「おひとついかがですか?」
買出し帰り、道を歩いていたら声を掛けられた。
籠を覗けば山ほどのクッキー。
「……タダなのか?」
菓子屋がタダで菓子を配っているのが不思議で尋ねれば笑って頷かれた。
そして目に留まったのは「コーヒー」と書かれたラベルが貼られたやつ。
「これ、苦いのか?」
「いえ、甘いですよ?お子様にどうぞ」
………俺、今、子持ちと間違えられた?
いや、生憎アイツ、子供産めないんだよなー、可愛い奴なんだが。
たまに見る笑った顔とか嬉しそうなとことか特に。
「…じゃあこれ、貰ってくな」
「柄じゃ無い」、と鼻で笑われるかもしれない。
けどそれもきっと春だから。
そして相棒の待つ宿に向けて歩き出す。
買出しの袋に紅茶のクッキーを新たに乗せて。
『良薬口に甘し 番外編』
世話焼きな相棒は今、ベッド脇で懸命に林檎の皮を剥いている。
その獅子奮迅な姿に俺は新婚気分を煽られっぱなし―――なんてそんな甘い空気は残念ながら存在しない。
イグリスでの大工仕事からも分かるように相棒は手先が器用な方ではない。
本人に指摘すると怒るであろうが、それはもうかなり高度な不器用具合。
そしてその極度の不器用さは料理においてもやはり例外ではなかった。
何故ナイフを握り締める。
何故実ではなくヘタを持って剥こうとする。
脇に置いてあるそのアイスピックは一体何に使う気だ。
次々と浮かぶ疑問。
相棒の一挙一同に積もり煽られる不安と恐怖。
しかし声が出ない為、何も言えない。
そんな俺の心配を他所に、林檎の皮剥きは完了した。
その細い手中に収まるは芯と種に少しの実しか付いていない細身の林檎。
これはこれである意味、器用だと思う。
「………」
そして相棒はといえば何故林檎ではなくこんなものが己の手の内に存在しているのか分からず沈黙、悩んでいるようだ。
「………ぁ」
ようやく自分の失態気付いたに相棒は小さく呟き、少し哀しそうに溜息をついた。
俺は相棒の手からその林檎を取り上げる。
「なっ…リ、リロイそんなもの…!」
俺は慌てる相棒の制止を無視して取り上げたものをそのまま口に放り込む。
その様を唖然と見つめる相棒。
もうひとつ
そう笑って手を出せば、赤い林檎が俯くと見せかけて頷いた。
『雨音の兆し side エアストノイン』
「なにしてんだ?」
濡れた髪を大雑把に拭きながらリロイが私に声を掛けてきた。
「外を眺めている」
「ふーん…」
興味はないが好奇心はあるらしい我が相棒も次いで視線を外に移す。
先程から降り出した雨は止むことなく穏やかに降り注ぐ。
何千年経とうとも変わることないその風景は、凍え落ちる冷たさを抱えている。
いつかの相棒は雨は私に似ていると言った。
「……なぁ」
現在の相棒である男が口を開く。
「コレ、楽しいか?」
「いや…」
私は窓から外の雨の中に手を伸ばす。
「―――冷たい」
それは私が気にしている言葉。
そして口に出さずとも、きっとリロイには伝わっている。
「ラ―――」
リロイが私に気を配ったのを感じた。
しかし振り返った私は自分と、相棒の思惑を裏切り不敵な嗤みを布いていた。
「お前の気分を体感してみただけだ」
―――雨音も時と共に変わることがあるようだ。
『雨音の兆し side リロイ』
「なにしてんだ?」
シャワーを浴びて浴室から戻れば相棒はぼうっと窓の外を眺めていた。
「外を眺めている」
「ふーん…」
俺も相棒に習って外を眺める。
いつの間にか雨が降り出していた。
しとしととただ単調なリズムを刻む雨音。
寂しげな音だな、と思う。
二人で雨音に耳を澄ます。
「……なぁ」
憮然として口を開いたのは俺。
「コレ、楽しいか?」
俺の性には合わないんだが。
「いや…」
そう呟き、相棒は窓から外に手を出した。
「―――冷たい」
それは相棒が気にしている言葉。
夜になるたび、俺が触れるたび。
口には出さないが気にしていることが手に取るように伝わってくる。
「ラ―――」
何を言おうと思ったのかは分からない。
でも何か言おうと思った。
しかし振り向いた相棒は俺の思惑とは別に不敵な嗤みを布いていた。
「お前の気分を体感してみただけだ」
―――こいつも、言うようになった。
(05.3〜05.6)