『むそう』
ねぇ、オレ、前に君に言ったでしょ?
連れてってくれる誰かをずっと待ってた、って
幸せになりたかったんだ
幸せになれると思ったんだ
幸せになれるんだと思ったんだ
連れて行ってくれる誰かがいれば オレなんかでも幸せに触れると思ってたんだ
だって わざわざ連れて行ってくれるということはつまり
その人にはオレが必要ってことでしょう?
だからずっと待ってたんだ
待って
待ち続けて
期待して
理想ばかりが膨らんで
手にしたことの無い幸せを手にしたその時を
灰色の空を見ながら思い描くばかりだった
だから手にした後のことなんて考えた事も無かった
―――だから、知らなかった
連れて行ってもらうということが 幸福と同じくらいの痛みを伴うなんて
『すたーと』
吸血鬼が何なのか、君は欠片も知らないでしょう?
死が無いなんて知らないでしょう?
不死で寿命が無いから滅ぼされるまで存在するなんて知らないでしょう?
「そんなに死にたきゃ俺が殺してやる」
何も知らないくせに迷い無く言うものだからその言葉、
君がオレを見て言ってくれたものだと錯覚しそうだ
「だからそれまで生きてろ」
そういえば、「不必要」と「必要」はよく聞くけれど、
「殺してやる」と「生きていろ」はどっちも言われたのは初めてだった
‥‥そうだよ、本当はずっと―――、死ぬまで生きたいと思ってたんだ。
『きみがくれるもの』
血が流れてるのが目に入る。
左腕を上げようとしたら上がらない。
あれ、今のオレってなんだかとっても結構なピンチかも?
「でも、死ぬ訳にはいかないんだよねぇー」
自然と零れた笑みが 以前のような自嘲を含んでいないことが可笑しかった。
だってそうでしょう?
この前までのオレは 逃げることしか考えてなかったんだから
だってそうでしょう?
彼がオレを殺してくれるまでは オレは生きてないといけないから
「‥‥だから、死なない」
君がオレにしてくれた最大の約束と、いつかくれる最高の贈り物
『あめあがり』
決して消えない雪の上
まっさらで綺麗な世界を汚さないでとあれほど強く望んだのに
強く真っすぐなあの人は 道を違えず真っ直ぐここに踏み込んだ
左右もわからぬ白銀のオレの世界に足跡残した 道を示すように連れてくように 自分で歩けと諭すように
決して消えない解けない雪の上に 黒い足跡しっかり残して今の自分を印して進んで行く
「黒様、たんま!ちょっと待ってってばー!」
「遅ぇ」
「背が高い人のほうが足長いんだから歩くのも早いに決まってるでしょ」
「そうかよ。 じゃあ速く歩け」
「‥‥普通さぁ、この話の流れなら黒りんたがオレに歩調を合わせるものじゃない‥?」
取り合わない君の歩幅は相変わらず大きく変わらないままで、オレにはとても真似できない。
四苦八苦しているうちに君が一歩を踏み出す速さが少し変わったことに気付いてしまった。
「早く来い」
「だっこしてー」
「阿保か」
いつか君がたどり着いたその先にはオレの足跡並んでるかな
足跡残れば綺麗な景色のままで雪解け遠く
歩いた軌跡消えれば泥土塗れた靴が生きる証
「けちー」
踏み出した一歩が水たまりの中で飛沫を上げた。
(06.8.25)