「ギ・ギ・ナァ?」
怒鳴り上げたい衝動を何とか抑えて声を掛ければ銀髪の男は面倒臭そうに顔を上げた。
気付かない side ガユス
「先ほどの行動の理由をその麗しい口から発せられる美声に乗せて俺の元へと運んで欲しいなぁ〜、超特急で。瞬間、嬉々として返品、今なら〈爆炸吼〉と不幸の手紙付きでお得だぞ」
脅しを込めた怒りの言葉。
こんなもんがギギナにとって脅しにならないことくらいわかってるけど。
しかし果たして不幸の手紙とは分類的には脅しなのか。
むしろ嫌がらせ?
あー、きっとあれだ。
脅迫だけじゃ殺伐としててなんかあれだから、俺の清き良心かその辺りが +何か によって緩和しようとしたんだ。
うん、そうだ。自分で言っときながらよくわからん。
無駄思考のおかげで低脳ギギナが文章を組み立てるにも充分な時間が過ぎたと思う。
だがしかし一向に返事がない。
「ギギナ、聞いてんのか?」
おい、「ああ、忘れてた」みたいな顔すんな。
「何の話だ」
やっぱ、俺の問いについてなんか考えてない。
人が待っててやってるってのに、何を明後日の方向に思考を飛ばしてやがる。
どーせ家具のことでも考えてたんだろうけど。
………なんか腹が立つ。
「……依頼人を追っ払った理由」
だから不機嫌を隠しもせずに答えてやる。
「気に食わなかったからだ」
「またそれかよ!!いや、予想はしてたが。違う、そうじゃなくって。
お前、いくら仕事内容が気に入らないからって」
「ガユス、それは違う」
「あ?」
続く言葉を鋼の美声に遮られ、不機嫌に睨み返せば珍しく真剣なギギナの顔。
そして神託を下す神の如くギギナは重々しく口を開いた。
「仕事内容が気に入らなかったのではなく、あの依頼人が気に食わなかったのだ」
「仕事が逃げてったんだから大差無い!!」
一瞬でもお前に見惚れた自分が馬鹿みたい。
やっぱお前が何考えてるかなんてわからない。
でも、わかりたくない訳じゃ無いんだ。
誠実そうで好感の持てる男だった。
やって来た依頼人は真剣に助けが必要らしく、必死に俺たちに頼み込んできた。
怪しいところも特に無いし、その依頼人がまた気が利くことにわざわざ茶菓子まで持参。
昼飯代が浮くなー、なんて薄ら寂しい思考だが、うちの事務所は何故か金が無いので仕方ない。
俺は嬉々として茶菓子を食べようとした。
したのに。
瞬きの間に俺の手の上には無残に切り刻まれた茶菓子の姿。
あー、この茶菓子は変わった形だな、シェフの流行か世間の気まぐれか。
こんだけ細かけりゃ胃もたれもしない、消化良過ぎでお年寄りにも優しい。
なんて思いながら視線をずらせば次は依頼人を切り刻まんとするドラッケンの姿が目に入った。
「仕事内容が気に入らなかったのも確かだが」
「お前、もう黙ってろ」
フォローしているつもりなんだろうがその言葉じゃ逆効果だ。
やはりドラッケン族の現状把握能力、及び言語選択能力は正常に機能していない。
年中エラー、というか能力自体存在していないに違い無い。
「貴様こそ黙っていろ。ヒルルカの昼寝に激しく邪魔だ」
「お前に座られるほうがヒルルカにとっちゃ過激に邪魔だろうよ」
はぁ、と盛大な溜息と共に俺はソファに身を埋めた。
(……まったく、何がそんなに気に入らなかったんだか……)
そりゃ男の家で身辺護衛なんてお前にとっちゃ面白くも何とも無いんだろうけど?
安全なことに越したこと無いだろ、提示された額だって悪くなかったじゃないか。
新しい咒式具や家具が充分買える金額だったし。
いや、たとえそうでも俺が買わせないが。
というか茶菓子まで駄目にすんな。
そんなに俺が茶菓子食うのが気に入らなかったわけ?
それともなんだ、実はあれは薬の仕込まれた毒入り菓子で見破ったお前は俺を助けてくれたとか?
…………………設定に無理がありすぎる。
ギシリ、と安いソファが軋む音がした。
「何?ギギナ」
「……ヒルルカの邪魔になると貴様が言うから退いたのだ」
「それはそれは娘想いなことで。でもだからってなんでその移動先が俺の隣なの」
男二人でソファに座るとかありえない。
だってそんなのお前の趣味じゃないだろう?
そして俺の趣味でもない。
――――無い、のに。
(…………なんでだ……)
心音が、早い。
息苦しく思っていると、ギシリ、とまたソファが軋んだ。
顔を上げれば卓上に手を伸ばすドラッケン。その先には。
「おいっ!」
「何だ」
「お前のはあっちに置いてあるだろ!?」
なんでそれを飲むんだ。
「遠い」
「知るかっ!それは俺のだっ!」
そう、俺の。
俺が飲んでたんだ。
だからお前がそれを飲んだら――――
「それにヒルルカの安眠を妨げる訳にはいかん」
「…ちょっ…いいから自分の飲めってッ!」
俺の精一杯の抗議・抵抗も体力馬鹿の戦闘民族には無駄に効かない。
そして。
「あ゛ぁ゛ッッ!??」
「煩い」
「…そっ…そっ…そっ…!!」
言いたいことはあるのに纏まらない。
言葉にならない。
「そんなに珈琲が飲みたいのならあちらに私の分があるから
それを飲めば良いであろう?ただし、我が愛娘を起こした場合は殺す」
「……お前の、って……」
お前が俺の珈琲を飲んだだけで意味不明に動揺してるのに。
なのに俺がお前の分を飲むとかそんなこと。
「出来るわけ無いだろっ!?」
「どれだけ騒いで取りに行く気だ貴様は」
違うだろ。
「そっちじゃねぇ!!」
「そっち…とは?」
ああもう言わすな。
「…っ…うっさいっ!!」
「?」
気付け馬鹿。
「もういいッ!!」
身近にあった新聞をひったくるように掴んで俺とギギナの間に壁を形成。
ああもう恥ずかしい。
……………………………待て。
何が恥ずかしいんだ、俺。
俺は男でギギナも男で。
それで間接キスも何も無いだろ。
なら何で恥ずかしいとか思うんだ。
おかしいだろ。
そうか、ギギナだからだ。
ギギナが俺の珈琲を飲んだから――――
いや、何でそうなる。
別に関係ないだろ。
だって俺とギギナは同姓で、ただ同じ珈琲を飲んだってだけで、
だからその行為にはキスも何も無くて――――ってさっきも言ったぞこれ。
――――恥ずかしい。
ただそれだけが頭の中を廻ってる。
訳もわからず顔が赤い。
意味がわからん。
淡い恋心に気付いた少年少女じゃあるまいし。
………………………………………………ある…まい……し………?
「――――…」
暑い 熱い アツイ
何が?
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッ!!」
いつもと雰囲気の違う活字を追うが頭に入らない。
だって俺が追うのはこんな文字なんかじゃなくて――――
新聞の向こうでギギナがまた俺の珈琲を飲む気配がした。
「気付かない」なのに「気付いた」になった。何でだ。
好きになったのは絶対ギギナが先だと思う。
攻性咒式士に誘ったのは旦那ですしね!(管理人はこれを「第一次プロポーズ」と呼んでおります)
side ギギナ
05.2.20 わたぐも