『嘘の嘘にウソ』




「触るな、変態!」

「さっさと娼館にでも女漁りに行ってきたら?」

「死ねっ!ギギナ、死ねっ!」



もっと触れていて。

行かないで。

死なないで。


想いとは裏腹に紡ぐ言葉は可愛くない嘘ばかり。



でも今日は、今日だけは。

言葉に出遅れた想いが嘘を通して伝わる日。



「俺はお前が大嫌いだ」




――――大好きだよ、ギギナ。



comment:エイプリルフール記念






『対岸』




さわさわ


と。
風に揺られる乾いた調べは葉擦れの音色。


「よし、こんなもんだろ」


事務所の屋上。
剥き出しの排水パイプに安いビニルロープで括りつけられた笹には色とりどりの色紙を使った簡単な装飾が施されていた。


「無神論者の貴様が東の国の神話にまつわる儀式とはどういう風の吹き回しだ?」

「気まぐれ?たまには風情があっていいもんだろ」


暇つぶしなのか俺の作業を背後で眺めていたギギナの退屈そうな疑問。
それはきっとこいつなりの気遣い。




がやがや


と。
エリダナの大通り、街の中心部から賑やかな音声が届く。
夜景を照らす光がいくつも点灯。
“提灯(ちょうちん)”と呼ばれる東の国の灯火。
儚げな光。


「…祭りのほうには行かぬのか?」

「…これで十分だろ。それにうちにはそんな金はありません」


それっきり訪れる静寂。
俺もギギナも何も言わない。

言わなくても、わかっているから。



「…なぁ、ギギナ」


薄暗がりにぽつりと零れた俺の声。
ギギナは静かに鋼の視線をよこす。


「去年の七夕祭りのアナピヤの願い事……覚えてるか?」






『“お祭りに行きたいです”』

『アナピヤ、それを短冊に書くのはやめなさい。 わざわざ書かなくても、ちゃんとこの後で連れていってあげるから。 祭りにすら行けない程、金に困ってるわけじゃないから』

『冗談だよ』

『……アナピヤ、ちょっと性格がギギナに似てきたんじゃないか?』

『ううん、今のはガユスの真似』

『………』

『どうでもよいから早くしろ。ここは暑い』

『そうだね、電気止められちゃったもんね。ギギナの無駄使いでの引き落とし口座の残高不足で』

『………』






「……俺は―――」

「…ガユス」






『ねぇ、ガユス。雨が降ったら彦星と織姫はどうなるの?』

『その年は会えないな。天の川が増水中らしいし』

『一年も待ったのに?』

『まあ…そうだな』

『かわいそうだよ、それじゃ』

『つってもだな…』

『あ、願い事思いついた!』

『何だ、突然…』

『“あたしの愛する人はどんな困難があってもあたしに会いに来てくれますように”』

『いい願いだな』

『そしてその願い事でゆくと貴様は氾濫する川に身投げだな』

『アナピヤ、それは駄目だ。俺の危険が危ない。七夕の、そして全ての物語の行く末は、変わらないんだ』

『物語なんか書き換えて!』

『んな無茶な』

『あたし、ずっと待ってるからね!』






「―――俺は…っ!」

「ガユス」




俺を捕らえて離さないのは荒れ狂う奔流ではなく優しい腕。
何よりも柔らかく、そして強固なそれを振りほどく力も勇気も俺には無い。




背には変わらぬ温もり。
波は穏やか。




一年待った。



―――俺はまだ、対岸には渡れない。


comment:七夕記念




(05.4〜05.7)