「‥ギギ‥今、なら‥まだッ!」


―――冗談になど、出来るはずがなかった。





two traffic lane love - 2.崩れた砂塔





やめろ、と言われた。
はなせ、と言われた。
いやだ、と言われた。

他でもない、ガユスに言われた。
絶対に傷つけたく無い相手がそう言った。
泣き叫んで訴えられた。許しを請われた。
誰でもない、今から自分に暴力を振るうギギナにガユスは縋って許しを請うた。
ガユスは何も悪くないのに許しを請うた。酷く怯えて泣いていた。

瞬時に「止めなくては」と思った。
ガユスが言う通り望む通り、ここで終わらせなければ、と一度は理性が判断を下した。
壊れてしまう。大事なものが、なにもかも、すべてまた。

けれど意気地無く動きを止めたギギナの手を叱咤するように、すぐさま本能が疑問を叫んだ。

本当に終わらせていいのか?止めていいのか?
己の想いを冗談にしてしまって良いのか?

と。


確かに、今ならまだ冗談で済むだろう。
かなり度が過ぎた厭がらせ。しかしきっとガユスはそれで納得する。
それで罷り通るだけの月日を二人は共にした。三年の日々を過ごし、得た。


三年の想いだった。
それはギギナにとってきっと初めての想い。不器用ながらも積み重ねたそれ。
決してまっすぐではなかった。
決して綺麗な感情ばかりではなかった。
けれどギギナにとって紛れもない真実だった。

そのすべてを「冗談」で済ませてしまっていいのか。
納得できるのか。悔いはしないのか。

『冗談』にすれば『今』を守れる。
その代わり、今後いくらギギナが真摯に言葉を紡ごうともガユスは決して信じない。
「また冗談だろう?」
そう言って嗤うのだ。
皮肉な口調に口の端を歪めて、けれど少し哀しそうな瞳で笑うのだ。

ガユスの為?自分の為?

ギギナは既に一度、誇りを曲げた。
とっくに地に堕ちている、誇り高き戦士などではない。
そんな自分に一体何の未練があるというのか。
そう、未練などない。意味もない。何も、ない。

だから意味が欲しかった。
依存した。ひ弱なあの存在に執着した。
いつかの枢機卿の指摘は真実だ。
ギギナは、何度落ちてもまた空へと飛んでゆける、弱くて強いあの存在が愛おしかった。
本当に、愛おしかった。


きっと、ガユスの為を思えばあそこで止めるべきだったのだろう。
しかし「今」を守る対価は、ギギナには大きすぎた。

ギギナには、払えなかった。




鳴き喚く声に歓喜した。
流れる涙に欲情した。
異物を吐き出そうとする後孔の動きすら、逆に放すまいと締め付けているかのように錯覚した。

だって、嘘吐きな口が否定の言葉を吐くだけだったから。
だって、素直じゃない腕が拒否して突き放すだけだったから。

何より正直なあの青い瞳。
小さな空は最初から最後まで堅く閉じられたままで、一度も見えなかったから。
「拒絶された」という言い訳を、ギギナにくれなかったから。

だから止まれなかった。




気づいたのは、いつも抱える度に「軽い、華奢だ、肉を付けろ」と罵っていた薄い肢体が意識を失くして弛緩して、腕の中で馴染みの無い重さになった時。




傷つけたいわけじゃなかった
絶対に傷つけたくなんか無かった
柄じゃないけど、守りたかった
でも、抱えた想いを嘘にもしたくなかった




「‥‥ガユス‥‥私は‥」



欲張りな己は、すべて終わってから途方に暮れた。







【崩れた砂塔】



いつも彼に縋っていたから、どうしたらいいのかわからない


2007.4.10  わたぐも