刹那の体術は、目を瞠るものがあった。
「――へぇ‥やるじゃねぇか」
「ヴェーダに選ばれたのなら、あれくらいは当然です」
思わず感嘆の声を上げた俺の隣。ティエリアは不愉快そうに吐き捨てた。
硝子張りのトレーニングルーム。
俺がここに来た時には既に、刹那とアレルヤの二人は対人実技トレーニングに勤しんでいた。ティエリアは傍観。
しかしどういう経緯でこんなことになったのか。
端末を弄って本日のトレーニングプランを検索すれば、若干の変更。しかしこれが正規の訓練であることが知れた。プランニング責任者は勿論、我らがスメラギ・李・ノリエガ戦術予報士。
アレルヤ対刹那の体術訓練。
正直、アレルヤとは俺だってキツイ。けれど刹那は、それと渡り合っていた。
まあしかし。なるほど。確かに、これは。未だ刹那に対して年齢や能力、倫理観など様々な観点から不審を隠せない者に対して、他にない、能力の証明になっていた。
「流石、ミス・スメラギの秘蔵っ子ってだけはあるな」
「そうも目立って褒めるような能力ではない」
「素直じゃねぇな。俺達の予想以上だろ、ありゃ」
「なんのことですか」
「おまえさんだって、驚いてるくせに」
「個人の感情は関係ない。必要なのは事実だ」
その発言じゃ、肯定の意味だっての。
ツンと澄ました相手に浮上する笑いを噛み殺して、己の内心が伝わらないように工夫する。彼は今日も可愛いようだ。
視線を、トレーニングルームで取っ組み合いしている二人に戻す。
ティエリアにそうは言えど、俺だって人の事を言えた義理じゃなかった。
刹那のマイスター入りの容認派である俺とはいえど、ぶっちゃけ、あの少年にそれほどの期待はしていなかった。
ミス・スメラギ曰く、基準値をクリアしている子供。
しかしそう、子供。アレルヤの言うとおり、少年が子供であることには変わりない。
まだ14歳だ。あの時の俺と、同じ。無力な、こども。
だから。あくまで。せいぜい。「基準」をクリア「できた」程度だろう、と。思った。思っていた。
しかし。
アレルヤが息を吐いた瞬間、その懐を目指した小動物の初速は異常な加速。けれどそれ以上の尋常を馬鹿にした反応速度を有する相手からの強烈な蹴り上げ。軌道修正不能な弾丸となった少年に直撃。かと思われたが、刹那はそれを綺麗に…あーいやごめん違う、大雑把過ぎる動きで防御していた。しかし体制を崩した。だが現実、あのアレルヤの一撃受けて吹っ飛ばなかっただけでも大したものだ。思い出しても身震いするようなアレルヤの重い一撃は背筋が凍る。それを踏まえて、しかもおまけにあの二人の体格差をも考慮すれば、賞賛に値する。力で押された刹那の小さな身体がぐらつく。アレルヤの「やってしまった」という顔。頼りなく揺れた刹那の足に、銀の片目が走る。しかしそれを見越した絶妙のタイミングで、刹那の右拳が死角を通って顎に向かう。ギリギリ届く距離。当たれば起死回生。現実は掠ったかどうか微妙なライン。判定は刹那に一撃のジャッジ。
そこできっかり90秒。
タイム・アップ。
――なるほど。確かに。
接近型のパイロットに選出されただけのことは、ある。
如何せん、変則的で見ない型ではあるが、形にはなっている。実際、あれなら実戦でも使えるだろう。もしかしらもう既に使ったことがあるのかもしれない。
そう勘繰る程度には、刹那の身体能力は、同年代はおろか、一般人と比しても突出していた。
最も、あの体格差であっても(アレルヤに余裕があるのは当然として)、極端な差をつけられることもなく、着いていけるだけでも大したものだ。
「これ。何ターン目?」
「13」
淡々としたティエリアの口調。思わず聞き返す。
「――なんだって?」
「彼の一撃が有効な一撃として認定されたのは、これが初めてです」
そんなことに驚いたのではない。
思わず履歴を確認する。驚愕――いや、戦慄。だ。
これは通常、10セットを超えてやるような訓練ではない。
「‥‥あのちっこい身体で、しかも、アレルヤ相手についてくのか‥」
硝子の向こう。汗を拭う程度のアレルヤに対して、良く見れば、刹那はゼイゼイと肩で息をしていた。が倒れる様子はない。しかもここにきて一撃を入れたときた。
体力も集中力も低下する一方で、しかし確かな成長。ハングリー精神とでも言うべきか。しかしそんな生易しいものではない。
あれは、相当な修羅場潜っている。
まるで前進を余儀なくされる歩兵の戦い。そう、生きている限り戦う姿勢。妄執だ。
そういえば。刹那は剣術の数値も特化していた。素手がこれならそっちも相当「期待」できるだろう――嗚呼、成る程。
「‥‥オーケー。オーケーだ、ミス・スメラギ!」
両の手を挙げ、ここにはいない戦術予報士に降参の合図を送る。
ここまでされては、認めないわけにはいかない。本当、さすが彼女の秘蔵っ子だ。子ども扱いなんてとんでもなかった。
意気込みだけじゃない。技術も一流だ。しかも成長の余地がある。
認めた。認めてしまった。「期待」してしまった。そうだ。
セブンソードに相応しい、と。
だからティエリアも何も言わない。力は認めた、というところだろう。他は知らないが。
「マイスター、か」
たった今この瞬間。
庇護の対象でなくなった少年へ眼を向ける。
「なんだか、な」
彼は既に臨戦態勢だ。
「おにーさんは、たのしみだよ」
「‥‥オヤジくさい」
「ちょっ、俺まだ22!」
14回目のゴングが鳴った。
防弾硝子の向こうの景色、アレルヤがちょっとだけ本気になったのが、見えた。
xx.ライバル
我が家のスメラギさんはせっちゃんの味方!
2008.4.30 わたぐも