絆の19話企画 

 テロで家族を喪った。

 たった一度、理不尽な出来事で俺の――俺たちの人生は反転した。

 朝も昼も夜も日がな一日、憎しみしか湧かない俺。
 寝ても醒めても何をしても、哀しみと共に在るあいつ。

 俺とあいつの意見はいつも衝突した。
 テロリストなんて死ねばいい、と俺が言った。
 そんなことをしても誰も喜ばない、とあいつは言った。
 おまえは悔しくないのか、と俺が叫んだ。
 だからっておまえがテロリストになってどうする、とあいつも叫んだ。

 あいつの台詞はどれもこれも奇麗事ばかりで反吐が出た。
 苛々した。当り散らした。気に入らなかった。腹立たしかった。
 全てがあいつの言う通りだからだ。
 あいつの意見はどこまでも正しい。俺が復讐を成し遂げようが野垂れ死のうが結局、亡き三人が喜ぶわけが無いのだ。彼らが今の俺を見れば悲しむに決まってる。「そんなことしてないで、幸せになれ」と言うに決まっている。復讐と銘打って行動すれば、必死になって止めるに決まってる。今のあいつと同じだ。
 あいつは、誰よりも家族のことを想っていて、わかってる。
 わかってる、そんなことわかってるさ。でも理屈じゃなかった。

 あいつは必死だった。
 憎悪を纏ったまま、進行止まぬ俺を止めようと必死だった。
 同程度には、俺も必死だった。
 家族を想えば想うほど、受けた苦痛を和らげ忘れて生きるなど無理だった。

 俺たちは、顔を合わせればいつも喚いていた。
 家族を失うのはもうたくさんだ、と叫んでいた。
 二人同じことを思っているのに意見はまるで対岸、絶対に相容れなかった。お互いに譲れなかったからだ。家族と、家族に捧げた想いを。

(どうして、わからない?)
(なぜ、わかってくれない?)

 現状に沈黙するだけのあいつを、俺は意気地無しだと思っていた。
 世界に敵意しか示さない俺を、あいつはやがて疎ましく思うようになっていった。

 最早、説き伏せるなんて段階は過ぎていた。
 想いは共通なのに、行動が統合される兆しはまるで無かった。
 元は同じはずなのに、もう引き返せないほどに違う人間になっていた。

 そして俺は、人を殺した。
 初めて引き金を引いたその翌日、あいつは俺を殴った。
 衝撃で赤くなった拳を見て、俺なら手でなく足を使うべきだなと思った。
 あいつは汚い物を見る目で、床に転がった俺を見ていた。
 吐き捨てられた言葉は、断絶。

「さよならだ、ニール」

 ――もう、顔も見たくない。

 これが俺たちの兄弟の最後。


 俺はテロで家族を喪った。
 そう、俺は『家族』を失ったんだ。

(貴方なんかに解らないでしょう、こんな報われない痛み)
(僕がどれだけ不安に思ってるか 被害者意識の強い君には解らないだろう)

勘当
(ロクロク)
 第一印象はお世辞にも良くはなかった。

 目つきが悪いとか無愛想とか、そんな話じゃない。相手の要因ではなく(むしろ見た目を問うなら愛らしいの部類に入ると今なら断言できる)、おれ個人が持つ完璧な偏見による印象だ。
 大仰でない骨格。褐色の肌。艶やかな黒髪。一目でわかる。

 中東人種の少年。

 反吐が出そうだった、正直な話。
 眼前の生き物と血肉を同じくする者全部がそうでないのはわかっている。理解はしている。
 けれど感覚がついていかない。
 自分の中では、少年と同種の生き物は等符号でテロリストに結ばれていた。
 大人げない、と思いはする。けれども自分が偉くなったつもりはないし、大体、この組織に入った理由も自分勝手な理屈の結果だ。刻まれた記憶は薄 暗い。刻み込んだ誓いは深い。
 そうとも。
 あいつのような賢しさなど、おれは要らない。


「ロックオン・ストラトスだ。よろしくな」
「刹那・F・セイエイ」


 嗚呼。
 濁った赤い眼をしてやがる。
(それは家族の最期と同じ色)
アウトオブ眼中
俺の瞳が濁っていたから、視界のすべてが澱んで見えてた。 (ロク→刹)
「ソラン・イブラヒムとしてではなく、
 ガンダムマイスターの刹那・F・セイエイとして」


今日も空はとても綺麗だ。
(なのに「ありがとう」と笑った君の姿が最近、ずっと見あたらないのは、何故ですか?)
猫、探してます
戦争が終わった後の、「君」の居場所は? (刹ロク)
 もし、彼女が生きていたならおれは今、真っ当に生きていた自信がある。

 あの日死んだのが両親だけだった、と仮定する。
 生き残ったのが兄でなく、兄妹だったと仮定する。
 残酷な話だが、それならおれはスナイパーにも、まして今、マイスターにもなっていなかったと断言出来る。
 妹が生きていてくれたなら、きっと真っ当に生きていた。
 妹の為だ、と嘯いて、両親の死を悲しみ憎悪に心を浸しながらも、真っ当な兄で在り続けたに違いない。
 おれはきっと高等学校には通えないだろう。だから義務教育程度の学力相応の安月給で働いて、妹の学生資金を稼いでいたに違いない。誕生日には小さなケーキとささやかな贈り物。
 そうして可愛がってきた妹が、ある日突然、彼氏を連れてやってきたそのときにはそいつを一発ブン殴る。そして妹から強烈な平手打ちを一発、この頬に食らうに違いない。肌が白いからくっきりと赤い跡が残る。その後、そんなにそいつが好きならば、とでも言って格好よくその場を後にする。そして見えないところで落ち込んだ兄二人、男泣きをするのだ。

 だが、現実は無慈悲だった。
 生き残ったのは俺だった。おれ達だった。
 だからおれは今、人殺しとしてここに居る。
 探した。
 十年だ。名しか知らない仇、今は無き組織の構成員をずっとずっと探していた。朝も昼も夜も憎悪のままに心を焦がした。引き金を引いても心など痛まなかった。焦げ付いた心はそのまま炭になったんだから当然だ。炭となって穴だらけ、風通しよくなった心にそれでも残したその決意を忘れたことなんて無かった。
 テロリストにこの身を堕としてまでも、必ず殺すと決めていた。

「    」

 愛しい愛しい君の、愛すべきその御名。ほらまだ覚えてる、呟ける。
 瞼を閉じれば、笑顔だって思い出せるよ。陽だまりのような君の笑顔。
 そうとも忘れないよ、ずっとずっとだ。

 何時になったって覚えてる。君の優しさと温かさ。
 それはどれだけ時が流れても、変わることなくおれを癒してくれる。
 その全部を奪ったテロが憎い、大嫌い。
 テロと名のつく者は皆殺しにすると決めていた。直接の仇など論外だ。

「やっと見つけた」

 なのにおれは仇を見つけた事よりも、「人」と想いを同じく出来た事が嬉しい。

「    」

 愛しい名を呼ぶ声は、みっともないほどに掠れて震える。
 二十五の男の声じゃないだろ、ざまぁない。
 自嘲してみたって、嗚咽はちっとも止まらない。

 家族が死んだ時だって、激情に身を焦がすだけだった。
 涙なんて、枯れる前から流れなかった。
 それが「あいつ」とおれを、別けた分岐点。


「――だめなお兄ちゃんで、ごめんなぁ…」


 泣き笑きの表情を濡らした涙の温かさに、おれはたったひとりで安堵した。
人でなしの愛
ロク→(刹+エイミー)
2008.04.30  わたぐも