飛ばない鳥







ふわふわと漂う風も光も柔らかな国。
窓の外のそんな陽気をファイは頬杖を突いて眺めていた。


「何かあんのか?」


声に振り返ると、壁に背を預けてこちらを見ている大柄な男がいた。


「阿呆面下げてずっと窓の外見てただろ」
「そんなオレを黒様はずっと見てたんだー?」
「まぁな」
「‥‥最近の黒たんは喰い付きが悪いねぇ」


オレが話を逸らすことが下手になったのか、彼が揺るがないのか。
ゆったりと近付いてきた彼に苦笑を漏らしながらファイは諦めたように眉を下げる。
覗き込むように窓の外へと視線を泳がす忍者に「あれ」と指を差す先には、一羽の鳥がいた。


「雀がどうかしたのか」
「あの鳥さん、“すずめ”って言うんだー」


後学になりますー、と言ってへらりと笑う魔術師を小突いて忍者は先を急かす。
「本当に黒たん、喰い付き悪いー」と、やや困った顔をしていることから察するに、またろくでもない事を考えていたことは想像に容易い。


「‥‥あのスズメさんねぇ、さっきからあそこで頑張って飛ぼう飛ぼうとずっと奮闘してるんだ。だけど全然飛べないんだよねー」


飛びたいのに飛べなくて。どう頑張っても出来なくて。
何度も何度も諦めないで掴めない空を夢描いてもがき続けてる。
それは自分のよく知っている情景。
客観ではなく主観、そしていつしか主観過ぎて客観になってしまったその情景。


「‥‥背負いすぎで、体が重いのかなぁ」


感傷的な呟きに吐いて出そうになった溜息を、黒鋼は言葉へと変える。
今はもう届くようになった言葉に。


「体が重いのには違いねぇが、あの鳥の場合は背じゃなくて腹だろ」
「んん?」
「単に太りすぎてるだけだ」
「太‥」


呆れたような黒鋼の言葉にファイは虚を突かれたような顔をした。
無理に笑おうと痛々しかったその顔が不意を突かれた表情になって感じる、人間臭さ。


「餌も豊富にあるんだろう。ここは気候も悪くねぇから」
「‥‥えっ、と?」
「大体、雀ってのは普通あんなにまるまる太ってねぇんだよ」
「‥‥そう、なんだ?」


今一話が飲み込めないのか、魔術師が疑問符を浮かべている。
下らないことだけはべらべらと喋れるくせに、こちらの言いたいことの核心を突くのは一向に上手くならない。
最も、そんな器用なようで不器用なところがこの魔術師が魔術師たる所以だとわかっているから無理に直させようとは思わないが。

ファイが続ける言葉選びに戸惑っているうちに、外では雀がもう一羽、地面を跳ねてやってきた。 似たように丸々太った雀。


「番い鳥か」
「“つがいどり”?」
「夫婦の鳥って意味だ」
「‥ふうふ‥」
「一人前に幸せ太りしてやがっただけだ」
「しあわせぶとり?」
「あいつらは鳥だ」


そこで言葉を区切る。
呆然、という瞳で自分を見ている魔術師を見返して言葉を続ける。
そう、今は届くようになった言葉を。



「だが、飛べねぇからってそれを不幸と感じちゃいねぇんだろ」



―――飛べなくても、不幸じゃない。
今度こそ虚を突いた黒鋼の言葉に、ファイは見開いた瞳をただ瞬かせるだけで。

普段よりも少し広くなった視界に入った二羽の雀。
二羽はくるくると楽しそうにじゃれた後、飛び立とうともせず地面を跳ねてどこかに行ってしまった。


「‥‥えへへー」
「なに笑ってやがる」
「んー、内緒」



―――飛べなくても不幸じゃない、かぁ‥‥。



「黒たん」
「あぁ?」
「今夜は一緒にお風呂入ろっかー」
「あぁッ!?」


そんな奇想天外出来事が起こったような、摩訶不思議な顔しなくてもいいのに。

お返しに忍者の虚を突けたことに満足した魔術師は軽い足取りで部屋を出た。


「今日はお外でお茶にしようかなー」





だって君が君らしく、そして君らしくもないことを言うものだから、
君の隣というこの場所が 昨日以上に嬉しくて暖かでしあわせになったんだ。









しあわせの形は人それぞれだろうなー、と。
丸々太って飛べない雀を道路で見た記念。(微妙)


2006.8.14  わたぐも