「花なんかが珍しいのか」


きょろきょろと視線だけを世話しなく周囲に這わす魔術師に、珍しくも忍者から声が掛かった。


「ガキみたいにきょろきょろしやがって」


掛けられた声と答える声の間に一瞬の空白。


「‥何のことー?」
「しらばっくれんな。視線だけが普段以上に不気味に動いてんだよ」
「失礼な人ー」


ばれっちゃったー、とファイはバツが悪そうに眉を下げる。


「花の何が面白いんだよ」
「オレのいた国は寒かったからね。木はあったけど花は滅多に見れなかったんだよ」


この国は暖かな陽気であちこちに綺麗なお花がいっぱいでしょ?
だからなんか天国みたいだなーって。
言ってしまってから続ける言葉が咄嗟には思い付かなくて、とりあえずへにゃりと笑っておいた。


「黒たんの国はどうだったの?」
「花なんか年中見れる。冬はそれなりに冷えるが、赤やら青やらの花がそこらに生えてたしな」
「寒くてもお花が咲くなんていい国だねぇ。オレの国のお花はそんな綺麗な色はしてなかったや」


偶に見かけた花も白い淡白な色をしていた。
地に積もった雪に紛れてしまいそうな控えめな色。
摘んで鉢に植えないと、その存在に気付けないほど自分が無い色。

だからこの国の自己主張の強い色をした花が珍しかった。
でもそれをいかにもといった様子で見渡すのは何だか恥ずかしくて、 共に買出しに来ていた彼に悟れないよう最小限の動きで眺めていたのだが無駄な努力だった。


「黒ぽんの国はお花がいっぱいだったんだよね」
「この国ほどじゃねぇがな」
「じゃあさじゃあさ、もしかしてさっき寄った花屋さんみたいなお店もあったの?」
「似たような生業はあったな」
「いいねぇー」


花の売買で生計を立てれるのだから、彼の国は本当に年中花が咲いているのだろう。
寒い日の次には必ず暖かな日が差し込むのだろうか。
身を切る寒さに凍えるだけの一生ではないのだろうか。
香る匂いは柔らかいのだろうか。
吐息が凍りはしないのだろうか。
目に入る光は眩いのだろうか。
地に紛れる花は無いのだろうか。



「‥想像できないなぁ」
「そうか?」
「もしかして日本国は“でぃずにーらんど”?」
「なんだそれ?」
「夢の王国なんだって」


前にモコナが言ってたんだけどー、と説明の為に腕を動かした拍子に、抱えていた花束から数枚の花びらが落ちた。


「あ、」


それを見たファイが魔術師が花弁を拾おうとして慌てて手を伸ばしたが、掴もうと奮闘する度、更に散る。


「あうー‥」
「また買えば良いだろうが」
「うわー希少価値を知らないからこその発言だねー」


いっそ暴言?
笑ってはいるけれどどこか恨めしそうな蒼い視線で呆れた顔をしている赤い瞳を見上げてやる。


「おまえも日本国に来りゃ言えるぞ」
「あはは、なんかプロポーズの言葉みたいー」


俺について来い、みたいな?黒ぽんのその眉間に皺寄り顔には似合わないようー。
不似合いもいいところだ、と心底の笑い声を立てる。


「プロ?なんだそりゃ」
「結婚してくださいー、ってお願いすることでーす。主に男の人が女の人に」
「求婚のことか」


無自覚誑しさんですかーますますもってそのお顔には似合いませーん。
笑い過ぎでお腹が捩れそうだよ。ああ、揺れてまたお花が散っちゃう。
ひぃひぃと声が裏返りそうになった頃。



「じゃあ、そうだな」



耳に入った彼の声があまりに真面目だった為、オレの笑いは一瞬にして凍りついた。


「‥‥は?」
「聞いてなかったのか」


…なに?


「‥‥えっ、と?」
「日本国に来ればいい」


…なにこれ、何の話?


「や、プロポーズは普通、異性に使う言葉でしてー」
「知ってる。普通ならそうだな」


…さっきまでそんな話してなかったじゃない


「いやーん、黒様いつからそんな面白い冗談言えるようになったのー」
「冗談に聞こえてるのか」


…いやだ、話の流れ変えたい


「黒りんたが情熱的なのは知ってるけどぉー」
「おい」


…だって


「黒たんって雑食だったんだねー」
「聞け」


だって、これ以上は



「俺は、」
「やめて」



自分でも驚くほど冷たい声が出た。


「‥‥小狼君たちが待ってるから、早く帰ろーね」


どうしても彼の顔を見れなくて、オレは俯いたまま足早にその脇を通り過ぎる。
一つだけの足音に重なるようにまた花びらが散るけれど、今度は構っていられなかった。










「ただいまー」


いつもの笑顔とおどけた声で扉を開けた。
いつもの笑顔と明るい声が迎えてくれた。


「おかえりなさい」
「お留守番ありがとー。お土産買ってきたんだー」
「ありがとうございます!」




(‥‥この笑顔だけでも勿体無いのに)


その上、夢みたいな天国みたいな暖かな場所なんて。




「お茶淹れてきますね」
「うん、お願いー」







背中に隠した花束には、もう数枚の花びらしか残っていなくて、全体的に萎れてた。








マジョリティに抗する程の勇気もなかった自分





オレの中の大多数はまだ、君が与えるすべてを未だ恐れているんだよ

ファイが素直じゃないので、黒鋼は何度でもプロポーズの言葉を(私に)言わされます。
忍者にはどうあっても魔術師をお持ち帰りして欲しいものです。


2006.8.7  わたぐも