朝からツイてないんです、と、化学教師が項垂れていた。
ハッピーセット
「‥‥ごめんなさい」
「だから別に気にしてねぇっつってんだろ」
「今日は朝からツイてないんです、オレ」
「なんで敬語」
ファイが漏らした言葉に黒鋼は疑問を投げる。が素無視。本人、それどころでは無いそうだ。
そう、確かに今日のファイは朝からツイていなかった。
開いていると思って一歩踏み出せば磨きぬかれたガラス扉にぶつかったり。
学園で職員ID証をカードリーダーに通せば磁器がイかれていたのか警報ブザーが鳴り響いたり。
「おい」
「なんですか、苦情でしたら今日だけは謹んでお聞きします」
「食券、買い忘れてるぞ」
「‥‥‥‥‥」
つまり。
平時、ファイが作った弁当を昼食としている二人が何故食堂にいるかといえば、そういうこと。
持ってくるのを忘れた。のではなく、作ることすら忘れた。
重要書類をシュレッダーに掛けた瞬間にそのことに気付いたそうだ。おかげで、印刷室での叫び声は断末魔であったらしい。(事務員談)
食券は買ったものの、トレイを取る事を忘れた上に食器の返却口前に並ぼうとしたファイに持たせれば確実に椀をひっくり返す!と判断した賢明な体育教師は化学教師には席取りのみをさせ、二人分の昼食を運んできた。
「ほら」
「‥‥アリガトウゴザイマス」
時間は既に三限目で、人が疎ら。
明らかに席を確保する必要が無い食堂内で場所取りをさせられたことへの文句も今日は無いらしい。自覚があるのは良いことだ。
貸切にも近い状態の広い食堂内に、箸を割る音は思ったより大きく響く。自宅ではずるずるとナポリタンを吸い込むファイだが、今日は食が進まない。
黒鋼が注文した焼き魚定食には「もう昼過ぎだから」ということで、親子丼にきつねうどん、三色そぼろなどがおまけされた。ババロアプリンは後でファイにやろうと思う。
「‥サクラちゃん、小狼君にお弁当作ってあげるんだって」
伸びては不味いうどんから啜っていた黒鋼は、唐突な話題に視線を上げる。
青い虚ろな視線はある一点を眺めていた。
眼球だけを動かして元を辿れば、通路向かいの机に座る教師。が広げる弁当。
「だから昨日の部活で一口ハンバーグの作り方教えてあげたんだー」
「おまえら菓子部だろうが」
「ちょ、何そのネーミング。クッキングクラブだってば」
「誰が付けた」
「もちろん、」
「おまえだな、平凡」
唸るファイはフォークを銜えて不満を訴える。
行儀が悪い、と窘めた。
「でも可愛いよねぇ」
「あ?」
「お弁当」
よそ見して運んだせいで、ナポリタンのソースが口元をオレンジ色にしている。
未だ銜えたままのフォークを抜き取ってやるついでに、少々乱暴に拭っておいた。
「オレらの年代でもやってる子はいたでしょ」
「俺達はいつも学食だったが?」
「学生には時間が無いもんねぇ」
都合が悪くなると明後日の方向を向きやがる。
黒鋼から外れた視線は未だあの弁当に向いていた。
綻んだ顔で弁当を頬張る歴史教師が「愛妻弁当だ」と、方便交じりで惚気自慢をしていたのを思い出す。
「俺は生姜焼きの方が好みだ」
きょとん、とした相手の顔が幼かった。
小賢しい事を思い付くのは独楽鼠の如く素早いくせに、外部からの情報を理解するのはとことん遅い。
数度瞼が上下運動をしてから、蒼い瞳が新円の形を取る。
「う、うんっ!作る!オレ、作る!頑張って作るからっ!!」
「‥‥おう」
ぱぁ、っと明るくなったのを見て「花が咲いたみたいだ」と思った自分こそ、発想が平凡だった。
オレのお弁当、恥ずかしくない?嫌じゃない?満足出来る?と、気になってたのです。
2007.9.13 わたぐも