『もしも論』
もしもオレの指があと少し長かったら
君の指を掴めるだろうか
もしもオレの足取りがあと少し強かったら
君の歩速に並べるだろうか
もしもオレの言葉に重さがあったら
君は、
「もしおまえがおまえの国から逃げ出さなけりゃ、
俺達は今も魔女の店で雨に打たれたままだろうな」
もしもオレが強ければ、
君は絶対 オレの腕を掴まなかった
『nowhere』 ※アニツバ19話ネタバレ
少女は少年の名前を力の限り叫んだけれど
オレは叫ぶどころか呟くことも出来ず 声になりそこなった吐息を漏らしただけ
声も出ないとは正にこのことで
返ってこない返事を恐れて名前は愚か
あの人に向けた戯言ですら口に出来ない
恐れることが既に答えであるのだけれど
中途半端に上がった左手が 掴めない幸せの名残みたいで
ただ 君がこの世界のどこにもいない事実を感じていた。
『一つ屋根の下で 〜北の国からの魔術師は小悪魔編〜』
「…おい」
「んー?」
珍しく俺から声を掛けるが、相手は振り向かなかった。
一夜の宿を提供した小娘が用意した、薄手の衣にもくもくと袖を通すだけ。
見えるのは狭い背中と薄い肩。
旅の始めより少し伸びたやわらかな金の髪が揺れている。
「昨夜の、前にこの家の屋根を直した奴は誰だ、って話だが」
「あー、そんな話もしたねぇー」
相変わらず振り向きもしないで声だけ返してくる。
以前、領主の風に壊されたこの屋根を修理したのは自分だ。
ただし、それは途中までの話。
そう、よく考えればこの屋根を修理したのは。
「二日目からはおまえが「くろたんってさぁー」
結論を言おうとした黒鋼の言葉を、妙に冷めた声が遮った。
普段ののらりくらりとした口調は微塵も無い、冷え切った声。
「妖秘さんとちゅーしたんだよねー」
「てめぇ、まだそのネタ、」
きゅ、と魔術師が帯を締める音が響いた。
脱ぐとは対極であるはずの布擦れが妙に生々しくて不覚にも二の口が告げなくなる。
それを嘲笑うかのようにこちらに振り向く姿が艶かしくて、次に目が離せない。
「したよね?」
今度は見上げる蒼の瞳に魔術師が初めて見せた感情が浮かんでいたのに言葉が出なかった。
魔術師の口元は嘘臭くご機嫌を演じて弧を描く。
「ええっとなんだっけー、屋根の話だっけ?」
くすり、と笑って話を戻す。
そして続く言葉は殊更ゆっくりと。
「二日目が、なぁに?」
こいつの顔にいかにも何か企んでます風な笑顔が張り付いているときは、戦闘体勢を意味している。
つまりわざとらしい笑顔の時のこいつは、それはもうどうしようもないほどに―――
「あれれ、黒たん何処行くのー?」
反論無しに背を向けた忍者に魔術師が面白そうに声を掛けた。
「‥‥屋根の修理だ」
「ふーん、行ってらっしゃーい」
「てめぇは中の掃除でもしてやがれ」
その一言を待ってました、とばかりに魔術師の笑みが深まったのを背を向けていた忍者が見ることが無かったのは果たして幸か不幸か。
どちらであっても魔術師が掛ける声は止まらないけれど。
「ナカって何処の?」
「あぁ?」
面倒臭そうに振り返った忍者と魔術師の視線はこんな時ばかり合ってしまう。
一瞬の間の後、戸が外れるのではないかというくらい盛大な音が響いた。
続いてドカドカという足音。
部屋の中ではくすくすという笑い声。
「そんなに怒んなくったっていいのにねぇー」
黒様ったらてれやさーん。
けれど少々やり過ぎた感がしなくも無い。
「でも黒ぽんが悪いんだもの、オレ知らなーい」
ああ、でも今夜はオレ、覚悟したほうがいいかもね。
魔術師は心の中で 明日の自分にだけ謝罪した。
『同じ陽の下』
「あれが白まんじゅうならてめぇは白大福だな」
「こんな寒い朝から訓練、しかも上着無し。黒様に至っては半袖に汗までかいてるとか信じられない」
「もう昼過ぎだ」
「小狼君には悪いけどオレはワンココンビを人類の仲間に入れたげません。みんな騙されてる。黒ぽんは見た目明らかだから隅に置いといて、小狼君のいい子具合いにうまくごまかされてる。でもオレはもう騙されない。真実の眼を手に入れた。そして掴んだ決定的な証拠。それは今のこの瞬間。これをもってたった今から君達ワンココンビを涙を飲んで愛と勇気と希望を力に変えて人類名簿から抹消します。それが人類の平和に繋がると信じてるから。でも大丈夫、二人のことは人類の歴史にちゃんと名を刻んでおくし、コンビの今後は第5惑星・ワンコ星の王様に好きなおかずを含めてちゃんとお願いし‥‥ちょっ、なに布団めくってんの!?」
「いつまでも大福やってんな」
「いやー!!」
「そんなに寒いのが嫌なら姫と一緒に蒲倉でも作って篭ってろ」
「かまくらぁー?」
「雪で固めた家みたいな物だ」
「‥‥‥‥‥‥さっきその中に篭れって」
「言った」
「なにそれ私刑!?」
「中は温けぇぞ」
「ぜったい嘘だぁー!」
「出ろ」
「オレのお布団ー!」
―――雪が温かいわけないじゃない。
本当にいつも君は オレの理解を越えた事を言うんだね。
『≒』
月と 星と 太陽と。
君たちがいれば 世界は廻ると 思ったよ
(06.9.28)