「朱雀、ほしいものがあるんだ」
「何だよ、欲しいものって」
「そのために、山に行きたい」
「は?山?」
「知らないか?クローバーのある場所」
「クローバー?」
「日本では白詰草と呼ばれてる植物なんだ」
「ああ、あれ」
「知ってるのか!?」
「‥ま、まぁ‥でもなんでまた」
恐らく、というか、確実に、聞くまでもない理由だろうが。
「ナナリーが」
―――ほら、きた。
(馬鹿の一つ覚えのその台詞が)
「ルルーシュ、遅いぞ」
「‥朱雀がっ、‥速いんだ、よ‥っ!」
ぜぇぜぇと肩で息をするのが後方から伝わってくる。
(‥‥もやしっ子め)
頭がいいのは知っている。
大人たちに何か言われる度に、朱雀の理解できない単語を駆使して応酬する様は、生意気で気に入らない反面、正直凄いと思っていた。
だが、体力となるとこうも非力。ブリタニアでどんな生活をしていたんだろうかといつも疑問に思う。
無謀ではない。勝てない勝負はしない。
しかし冷めているようで、じつは熱い人間。
今が、その「熱い」のいい例だった。
忠告はしたのだ。「山の頂上だから坂道ばかりで、おまえにとっては遠い道のりだ」、と。つまり「行きも帰りも、自分の足で歩くしかないんだぞ」と。
聡い彼のことだからその意味は正確に読み取った筈なのに、返事は「案内してくれ」の一点張りだった。
勝てない勝負はしない。そういう人間だ。ルルーシュは。
なのに妹の為となると、己の力の限界など無視して突き進む。
誰の為でもやるわけじゃない。妹。そう、ナナリーの為だけだ。
正直、兄弟もいない上に、親ですらろくに話をした事の無い自分にはさっぱりわからない。
何かを守ろうとする行動。誰かが大事という感情。
朱雀の世界には、朱雀しかいなかったから。
(自分じゃない奴の為に、一体如何して)
「朱雀ッ!‥あとっ‥、どれ、くらい‥っ?」
「あそこだ。この坂を登りきったところが開けてるから」
「‥‥まだ半分も登れてない‥」
「なんだよ、あと鳥居の石段の往復くらいの距離だろ」
「‥‥」
朱雀の言葉に何か思うところがあったのか、恨めしそうな(けれど含まれる感情は憎悪じゃない)紫の瞳がこっちを見た。
「なんだ?」
存外に、言いたいことがあるなら言え、という意味で問うたが、ルルーシュは特に何も言わず大きな溜息を
一つ吐いただけ。
そして一歩、また一歩、と重い足を踏み出してゆく。
そう、全ては妹の為に。
(どうにもそれが、気に入らない)
「わ、ぁ‥!」
漸く登りついた頂上で、ルルーシュが感嘆の声を上げた。
朱雀一人で来る時の倍以上の時間を経てたどり着いた場所。
日当たりが良く、晴れ渡った青空。先には蒼い富士が堂々と構えている。
「‥美しい‥場所だな‥」
「な、おまっ‥‥平然と気恥ずかしい言い方するな」
美しい、だなんて。
背中がむず痒かったが、褒められて悪い気はしなかった。
朱雀の気に入りの場所なのだから、当然だ。
誰にも教える気など無かった場所だった。それなのに如何してルルーシュを連れてきたのかは、自分でも良くわからない。
「で?」
「‥え?」
「白詰草」
「あ!」
景色に圧倒され、ほんの数瞬の間だけども目的を忘れたルルーシュに、何故だか朱雀の気分は上昇した。
(ナナリーに勝った)
「四葉だ」
「よつば?」
「そうだ朱雀、四枚葉のクローバーを探すんだ」
「なんで俺が」
「頼んだぞ」
「‥‥」
何をやってるんだろうか、自分は。
頼まれたから。そう、頼まれたから。だから、だから、だ。
誰にしているのかも良くわからない言い訳が、朱雀の胸中には渦巻いていた。
ちらりと横目で見れば、まさに草の根分けて地面とにらめっこしているルルーシュ。そこには普段の澄ました表情は、ない。
地面から顔を上げて、日の高さを確認する。
傾きからして直に夕刻に差し掛かるだろう。
自分だけなら問題ないが、ルルーシュがいる。そろそろ引き返さないと、途中で夕闇にのまれてしまう。
冬は過ぎたがまだ春だ。日が傾くのは意外と速い。
「ルルーシュ、もういい加減、」
「朱雀、あったのか?」
「‥‥いや」
本当に、何をやってるんだろうか。
ルルーシュの色白い小さな手は泥で黒く汚れていた。
「大体、なんでわざわざ四つ葉なんだ」
「‥‥」
「ルルーシュ」
「ナナリーが、欲しいと言ったから」
またか、と溜息を吐いた。
朱雀はナナリーに対して悪い感情は抱いていない。なのにどうして。
(苛々する‥)
馬鹿の一つ覚えみたいに繰り返されるその言葉に。
「ルルーシュ、帰ろう」
「でもまだ」
「もう日が暮れる。歩いて帰るんだ、間に合わない」
「‥‥」
「暗くなる。ナナリーが一人になるのは嫌なんだろ」
「‥‥わかった」
「‥‥ルルーシュ‥、あのっ、」
彼があまりに哀しそうな顔をするから、押し花を教えた。
(また明日来よう、と誘う勇気は出なかったから)
四葉のクローバーと、四枚のクローバー
今の君は、どちらを選ぶだろうか
既製品のしあわせか、つなぎ目だらけのしあわせか
しあわせの咲く場所
俺様な仔朱雀の無自覚ピュアな恋心を書きたかった。(玉砕)
判りにくいので説明すると、葉っぱ四枚使って並べて四葉のクローバーに見える押花作って栞にしたそうですよ。(なんで他人事口調)
2007.2.7 わたぐも