あのね、ルルーシュ。
僕は君の騎士になりたかったんだ。
「スザク」
「ん?」
「落ちてる」
床に散らばった二人分の服。
その中のスザクの制服のポケットから何かが落ちている。
気だるそうな仕草で、ルルーシュが金色のそれに手を伸ばす。
「‥時計?」
ルルーシュの拾い上げた懐中時計。
窓からの月明かりを反射して、眩しく金色が輝いていた。
「硝子と針‥というか、壊れてる‥大事なものなのか?」
「‥うん」
ルルーシュの手の中で輝くそれを眩しそうに眺める。
父を殺した自分。
力で解決しようとして失敗した。間違った。
正直、後悔していた。
未だにあの日のことは夢に見る。眠れない夜もある。
けれど、ルルーシュと再会した。
そして再確認した。
自分のしたことは間違っていた。
けれど、彼が生きているのは間違いなく自分にとって喜びで、彼が生きているのは正しいことだ、と。
(―――‥本当に、醜いな、俺は)
自嘲の笑みが浮かんだ。
守りたいと思った気持ちに縋って自分の罪を正当化する。
父が死ななければルルーシュたちが死んでいたのは間違いないから、と。
ルルーシュの騎士になりたい、と思った。
自分の手が汚れるずっと前からの気持ちだった。
彼に対する第一印象はどうであれ、最後は確かにそう思っていた。
自分は、本当に、ルルーシュの騎士になりたいのだ。
ルルーシュを守れる存在でありたいのだ。
七年前のあの日、父を殺した日。
ルルーシュを守る騎士であることが、生きるならその為であることが、スザクだけが知る使命として下った。
正解・不正解はひとまず脇において、スザクの意志で決められたのだ。
では騎士とはどんな人間だろう?
どうあれば傍にいられるだろう?
きっと強くなくてはならない。きっと正しくなくてはならない。主の為に、動ける人でなくては。
けれど自分は決して強くない。強くありたい、という時点で、弱者がもがいているのと同じこと。
時々、騎士で在りたい、と思うことがルルーシュの為なのか自分の為なのかわからなくなる。
脇見をすれば溺れてしまう。
だから懐中時計は必要だった。
止まった時間。割れた硝子。
それを見る度、「俺」が「僕」であらねばならない理由を思い出せるから。
「あのっ、‥スザク」
「うん、何?」
「‥職人、が」
「え?」
「そういうの修理するの、得意なやつに心当たりがあるんだ。必要なら、その‥」
修理する?
ルルーシュは何を言っているんだろう?
理解できずにぽかん、としていたスザクだったが、ああそうか、と納得した。
「‥ありがとう、ルルーシュ」
気遣われてるのだ、自分は。
ルルーシュは知らない。
スザクがルルーシュの騎士でありたいと思っているなんて。
スザクがルルーシュを抱くこの手で父親を殺したことなんて。
当然だ、自分は言っていないし、言う気も無かった。
「でも、これはこのままでいいんだ」
騎士になりたかった。
けれど学園で再会したあの日、皇族ではなくなった、と聞かされた。
そんな彼に「騎士にして欲しい」なんて、言える筈が無かった。
だからせめて心だけはルルーシュの騎士でありたい。
その為に、この時計はこのままでなくてはならない。
だから。
「‥このままが、いいんだ」
「‥そうか」
ルルーシュもそれ以上は何も言わなかった。
「―――ルルーシュ」
手を伸ばす。
もう、触れられる距離にある。
さっきまでも触れていた。
七年の空白を埋めるように触れ合った。
「‥おまえ‥まぁ、いい」
「今日は寛大だね」
「気分だよ」
「ふぅん?」
生意気な耳を甘噛みすれば、可愛らしい悲鳴が上がった。
スザクの左手は、かちゃり、と小さな音を立てて懐中時計を机に置いた。
これは壊れたままでいい。
これが僕が自分を君の騎士として認めた瞬間。
自分で止めた時間。
弾丸に割られた硝子。
この針が、僕が君の騎士になった時間。
この傷跡が、自分とルルーシュが再会した証。
自分が人知れず誓いを立てた「守る」という印。
僕は我欲を棄てられないし、既に正義を語れる身でも無い。
今だって、父をこの手で殺した事を後悔してる。
未だ何の覚悟も出来ていない。
臆病で意気地なしで、どうしようもない偽善者だ。
それでも君の剣となり盾となって戦いたかった。
君の世界を守りたかった。
―――なのに。
「殺してやる!殺してやる!貴様は絶対に許さない!!殺してやるッ!!!」
きいて、ルルーシュ。
僕は君の騎士になりたかったんだ。
僕は本当に 君の騎士に なりたかったんだよ。
さよなら、懐中時計
それは僕だけの騎士証だった
父親殺しが発覚する少し前+23話以降の時間軸。
23話でスザクが懐中時計を手離した(遂に過去を捨てた)記念。(嫌)
本当にルルを切り捨てたんだな、と思って哀しくなりました。
2007.4.6 わたぐも