「今日はわざわざ付き合っていただいて、すみませんでした」
「いいのよ、気にしなくて」
「健康すぎるくらいに健康」と太鼓判を押された健康診断。
身体に異常なし、という結果が、スザクを申し訳ない気持ちにさせていた。
それを聞いたセシルは苦笑して、「お陰でロイドさんのお守りをしなくて済んだ」と言った。
「そうだ、研究室に寄って行く?コーヒーとお菓子とくらいなら出せるけれど」
彼女はこれから研究の調整に立ち合わなけければならない、と言っていた。
「いえ、学校の宿題がまだ残っているので、僕はここで失礼します」
「宿題って…まさか、昨日のお昼に見たあの問題がまだ…」
「だ、大丈夫です!セシルさんのお陰でもう半分くらい終わりましたから、残りは自分でやってみます!」
「その台詞、昨日も聞いたわよ?」
「‥‥無理そうだったら手土産持参で幼馴染のところに泣き付きます」
そう言うと、いろんな意味で複雑だったセシルの表情は柔和なものに変わった。
「わかったわ。そこまで言うならスザク君の実力見せてもらおうかしら」
「‥‥え、」
「冗談よ」と笑う技術部の先輩は、世間的に言う『イイ性格』なのだと知ったのは、極々最近の話だ。
「じゃあまた、明日ね」
「はい、さようなら」
相手はまだ何か言いたいことがあるようだったが、口を開かせなかったのは自分だ。
心配されているのはわかる。
その感情を向けて貰えることが、どれ程幸福であるかもわかっている。
けれどその幸せを享受する為に、腐った過去を見せる覚悟があるかと問われれば否。
『あなた、無意識に自分とお父さんを比べていない?』
(‥確かにそうかもしれない)
イレヴンに偏見の無い医者だった。(もしかしたら、特派の人たちが気を回ししてくれたのかもしれない)
だから父の話が出た。客観的見解の、首相としての父の話。
正直、父親の話は出来る限りしたくない。イレブンにとってもブリタニア人にしても、素敵な話になりはしない。
ブリタニア人からすれば、敵国の指導者。
イレヴンからすれば、とっとと自決した裏切り者。そう、名目上は、自決。正解を知っているのは自分だけ。
『あなた、無意識に自分とお父さんを比べていない?』
(でもそれは昔の話)
(“俺“の話。今の俺のことじゃない。正解の話じゃない)
父の話になった時、正直、動揺するかと思った。
今までと違う雰囲気で出てきた父の名前。
差別も侮蔑も皮肉も無い、父の話は初めてだった。いつもと違う雰囲気での思い出話は、逆に客観的過ぎて、自分の中には何の波も立ちはしなかった。
不正解の父親像では、自分の精神には何の支障もきたさなかった。
(だって父さんじゃないから)
いつも思い出すのは八年前の出会いと、七年前の夏。
(何も知らない俺に)
(狭い国しか知らなかった俺に)
(世界を)
(広い世界を見せてくれたのは)
(父さんじゃない)
(手)
(手を)
(あの時、繋いでくれたんだ)
(そう、手を繋いでくれたのは)
「ルルーシュ、今日は学校来たな」
(父さんじゃ、ない)
「‥でも、ちょっと元気なかった、かな」
(この七年間、いつも頭の中にあったのは)
「久しぶりに会えたのに」
(この七年間、いつも頭の中にあったのは)
「明日も学校、来るかな?」
(今、“僕”を基底するのは)
「今から、プリン持って行こうかな。宿題も」
「こんな時間に馬鹿か、おまえは」と怒鳴る彼の赤い耳が容易に思い浮かんだので、やっぱり訪問するのはやめにした。
明日、プリンと宿題持って会いに行こう
俺スザクは父、僕スザクはルルが基底だったらいいなと思った。
今話チャームポイント(?)は、後半の精神エラーの如く彼の脳内と台詞。(スザの頭の中はルルばっかり)
2007.1.27 わたぐも