この話はパラレルです。
現代パラレルです。
創星シリーズではないです。
本当にパラレルです。
現代っ子で人間やってるニアトマな話です。
イチャついてます。鬱陶しいくらいヴァカッポーです。

いいですか?カッコいい二人なんていませんよ?OKですか?そうですか!
よろしい、ならば止めません。GO!スクロール!!

















「美味そうだな」


アポロニアスが放った一言。
それは本当に何となく、何の気なしに言った一言だった。
見ていたテレビで偶然流れた料理教室。
膨よかな体型の女性がオーブンから取り出したそれは長方形のパウンドケーキ。
ふっくら狐色に焼き上がったそれが美味そうだな、と思った。ただそれだけ。他意はなかった。

しかし頭翅がそれを耳聡く拾った。
ソファに腰掛けていたアポロニアスの膝の上を占領して読書をするのが彼の日課‥というか、時課。隙をみてはいつも膝に座りに来る。大人の男二人分の体重を受ける破目になったソファのクッションはとうに沈み込んでいた。

そしてそれは今日も今日とて変わらない。
そう。
一端、膝の上を陣取り読書を始めてしまえば例えアポロニアスが用を足しに席を立ちたくても決して逸れてくれない頭翅の意識が、頭上からの恋人のその一言に興味を示したこと以外は。


「食べたいのかい?」
「ん?」
「あれ」


声に俯けば見上げてくる眼鏡レンズ越しの紫瞳とかち合った。
桜貝の爪が乗った人差指が示すブラウン管の映像は、既に明日の献立の予告(ホットーケーキらしい)に切り替わっていたが、頭翅の言う『あれ』がホットケーキで無いことは勿論わかる。


「食べたい、というか‥まあ、美味そうだとは思ったな」


思ったままを正直に答える。
恋人の意識が紙束から自分に向いて、嬉しくない筈が無かった。


「ふーん‥」


じっと画面と睨めっこしていた頭翅だが、「それでは明日も素敵にクッキング!」とテレビがさよならを告げ、三匹のコアラが陽気に踊るCMに切り替わったところで、パタンと勢い良く本を閉じた。
勢いが良過ぎてうっかり栞を挟み忘れているが、良いのだろうか。


「わかった」


今ならまだ間に合うかもしれない、とアポロニアスは栞の件を言及しようとした。
が、それより頭翅の方が早かった。


「頭翅?」
「私が作ってやる」







料理をすると言い出した。
頭翅がすると言い出した。
自分が作るのだと言い出した。

そう、頭翅が料理をすると言い出した。

ともすれば行動が早いのがアポロニアスの恋人だ。
彼が止めるのも聞かず、スーパーへ買い物に繰り出した。
てっきり自分も行くものだと思っていたアポロニアスだったが、なんと台所の洗い物を言いつけられた。
自分の恋人はあんな大人しい形して、実はかなりちゃっかりした性格をしているのだ。



「ただいま」


パタパタと駆け込む足跡は、玄関ドアが閉まるより速くリビングに届く。


「頭翅、鍵は」
「うん」


まるで聞いていない。
呆れた溜息(決して愛想を尽かした訳ではない)を吐いて、アポロニアスは玄関に向かう。
錠を下ろしたついでに、散らかった靴を揃える。
普段はそれなり、きちんとしている癖に、一度一つのことに集中し出すとどうも他が見えなくなるらしい。
そんな欠点ですら愛しく思える自分こそ、大概に他が見えていないのだが。


リビングに戻ると、頭翅は買ってきた材料をテーブルに並べ終えたところであった。

本当の事を言えば、そこまでパウンドケーキが食べたい訳ではなかった。本来自分は甘い物を好む性質ではない。
しかし恋人が自分の為に、腕を振るって料理をしてくれると言っているのだ。
手作り料理、ということになる。
そこは男として嬉しくない筈が無い。浪漫だ。


「頭翅」


いそいそと台所へ向かおうとした彼を呼び止め、首に撒かれた毛糸を解き解く。


「マフラーくらい外せ」
「ごめん、すっかり忘れていた」


ありがとう、と、はにかむ頬が赤いのは恥ずかしさだけが原因ではない。
そっと両手で包む。やはり、冷たい。


「身体も冷えているのではないのか」
「平気だよ」
「しかし」
「本当に頬だけだ。心配性だな、君は」


呆れている筈が逆に苦笑されてしまったのでは、苦笑いを返すしかない。
口吻けの一つでも贈ろうと思って、身を屈めた―――のだが。

まだ頭翅が手に持っていたある材料が目に留まった。


「‥‥頭翅」
「なんだい、アポロニアス」
「それは?」
「勿論、パウンドケーキを作る為の材料だよ」
「それはわかっている」
「?」
「その箱」
「?だから、君が食べたいと言うから」


材料を買って来たんだよ。卵に牛乳、バターもちゃんとあるじゃないか。

自信満々笑顔満面。
胸を張って台所へ向かおうとする姿。それは他でも無い自分の為。
目に入れたって痛くない、愛しい愛しい恋人が自分の為に料理をしてくれるという。
手作りしてくれると言っている。というか、既に行動を起こしている。
そう、私の恋人はこんな大人しく儚い形して、実はかなりちゃっかりでアクティブな性格をしているのだ。

重ねて言おう。
恋人が。自分の為に。腕を振るって料理をしてくれる。
手作り料理、ということになる。
そこは男として嬉しくない筈が無い。浪漫だ。


「大丈夫だよ、アポロニアス」


だがせめて一言言わせて欲しい。



「このメーカーのパウンドケーキミックスで作れば美味しいから!」

「小麦粉からじゃないのかよ!」



言わなかった。言えなかった。
言える筈が、無かった。









半熟浪漫譚
【しかしそんなところが可愛いのだ(A氏談)】



パラレル頭翅は頑張るけれど、どっか外してるイメージが。(笑)


2007.10.1  わたぐも