―――アリスの肉は甘くてとろける、この世にひとつの極上の肉


「どうしたんだい、急に?」
「皆そう言ってたから」


チェシャ猫も、そう思う?
確か私が挟まってたら、パンでも食べるんだよね。


「おいしそう、とは思うよ」
「じゃあ食べていいよ」


―――‥アリス‥?


「‥‥なーんて、ね」


冗談だよ、だって食べられるのは痛そうだもの。
そう言ってアリスは笑う。

紅茶が無くなったわ  淹れてくるよ  いいよ、たまには私がやるから。座ってて

アリスはぱたぱたと駆けていった。
公園のベンチには僕だけが残される。
ぽつり、と言葉が漏れた。


「―――‥アリスは利口だね」


多分、彼女はもう気付いてる。
いや、違う。
最初っから気付いてたんだ。

僕らの幸せな世界ごっこも。
僕の忠実な猫の演技も。

ただ疑っていないだけ。
僕が、僕だけがアリスの味方だから。

だからいくらアリスが望んでも、それだけは従えない。
僕らの天理は既に崩れているのだから、従うことが全じゃない。
だからアリス、きみがいくら望んでも、僕はきみを絶対に食べないよ。

そう、アリス。僕のアリス。
きみが望むなら僕は忠実なきみの猫を演じよう。
今までも、今も、これからも。永遠に。
きみの忠実な猫を演じる為。
ただそれだけの為に、僕は何だって出来るんだ。
僕は僕を欺こう。
僕はきみですら欺こう。


「お帰り、僕のアリス」


戻ってきたアリスにそう告げると、嬉しそうに笑ってくれた。






ねぇこの執着は誰のため?



大丈夫よ、だって私の為なんだものね。平気よ、信じてるから。


2007.5.16  わたぐも