「ほんっとう、猫は首になっても可愛く無いわ!」


アリスに会いに来たの、と言ってやって来た女王は今日もうるさい。
お茶をする為にやって来た公園、アリスは水を汲みに行ったのでベンチに残ったのは必然的に猫と女王。
嫌なら話しかけなければいいのに、とチェシャ猫はいつも思うが意志の疎通など図れる二人ではない。当然のように女王はまくし立てる。


「大体、わたくしはアリスと一緒にいられないのに、どうしてあなただけこっちにいられるのよ!」
「猫だからね」
「理由になって無いわ!あなたばっかり不公平よ!」
「そうかい」
「いつもみたいに反論しなさいよ、面白くない」
「僕はきみに感謝してるよ」


僕の首を刎ねてくれて、ありがとう。

予想だにしなかった返答に女王はきょとんとした。
あの猫が礼を述べたのだ。いつもの挑戦的な皮肉ではなくて真面目な礼を、だ。

視線の先、猫のにんまりとした顔は変わらない。
裂けた口元、黄色い牙。欺きしかない嫌いな笑顔。
全部いつも同じ。
何だって変わらない。


「‥‥チェシャ猫?」
「おかげでアリスは僕を運んでくれる。だから僕はいつもアリスと一緒にいられる―――女王と違って」
「アリス!こんな憎たらしい猫の頭なんて、速く捨ててしまいなさい!!」


アリスが捨てないなら、わたくしが捨ててくるわ!
きゃんきゃんとまくし立てる女王を、アリスは必死になって宥めている。
水道の近くでのふたりの遣り取りを、チェシャ猫は遠巻きに眺めていた。


―――女王、きみには本当に感謝してるんだよ?
だってあの時きみが僕の首を狩らなければ、そう遠く無い未来、僕はアリスの首を引き裂いていたに違いないのだから。

今だって、アリスに構う女王を邪魔だと思う気持ちは消えていない。
僕のアリス、僕だけのアリスが欲しい気持ちも変わらない。

あれ以来、仕立て屋やカエルに一度も会わないのは何故なのか。
あれ以来、何度三時にお茶会を開いても、帽子屋とネムリネズミが参加しないのは何故なのか。
僕の歪んだ感情が導いた結果をアリスは知らない。何も知らない。

身体を失くしたことで、僕の凶行は強制的な終わりを迎えた。
首だけになったから、僕の身体とシロウサギが消えても、僕は消えなかった。

アリスは何も知らない。
だから僕は、今もアリスの忠実な猫でいられる。
アリスの側に居ることが出来ている。


「チ、チェシャ猫!」
「なんだい、アリス」


あわあわと慌てふためきながらアリスは僕の方へと走ってきた。
小さいアリスも、女王に首を狩られそうになっては半べそかいて助けを求めにやってきた。
最も、あの時のアリスが伸ばした小さな腕の先にいたのはシロウサギだったけど。


「家に帰ろう!」
「おなかが空いたのかい?」
「なんでそうなるのよ!私の首とチェシャ猫の首が危ないのよ!」
「猫もアリスもおいしいからね」
「違うわよ!私は飾られて、チェシャ猫は捨てられちゃうのっ!!」



投げ出されていた僕の頭を拾ったアリスは、ぱたぱたと駆け出した。






拾ったものと拾われたものの主従論



女王がチェシャ猫の首を刎ねなかったら、歪みを吸ったチェシャ猫は僕だけのアリスを求めて邪魔者を消し続けたんじゃないかな、 首じゃなかったら胴体と一緒に消えてたんじゃないかな、と思います。


2007.5.16  わたぐも