ギィ、と重い音を立てて城の扉が開かれる。
立っているのは灰色のフードを深く被った男。


「来ると思っていたわ」


バタン、と音を立てて扉が閉まる。
使用人がいない城だ、空気が流れて塵が舞った。


「別に来たくなかったけどね」
「アリスは?」
「外で待ってるよ」
「アリスが『待つ』と言ったの?」
「僕が『待つように』言ったんだよ」


優越に満ちたその声音が気に入らない。
思えば女王はこの猫を気に入ったことなど一度も無かった。
皮肉ったものの言い方。
愉しく思ってもいないくせにいつも笑う裂けた口。
気品の欠片も無い、獣臭い匂い。


「亀は何処に行ったんだい」
「何故猫なんかに教えなければならないの」
「ああ、逃がしたのか」


追いかけるのは面倒だな。
猫が呟いたが、女王は聞き流す。
ただ、灰色の塊を見ながら呟くだけ。


「―――猫なんか、導く者のくせに」


悔し紛れの無力な言葉だったけど、呟かずにはいられなかった。

どうして、猫のくせに。
アリスに何も言ってあげられないくせに。

どうして、猫なのに。
猫は番人の次にアリスから遠い位置にいるのに。

どうして、猫が。
わたくしの方が、アリスのためなら何だって出来るのに。制限も枷も無いのに。どうして。


「猫なんか、導く者のくせに!アリスから、番人の次に遠い場所にいるくせにッ!!」


―――本当は、分かっていた。
番人の次にアリスから遠い位置にいる導く者。
その猫から更に遠い位置にいる自分。
アリスを導くことすら叶わぬ場所にいる自分は、きっと番人と同じ程にアリスから遠い位置に佇んでいるのだろう。



「もういいかい?あまりアリスを待たせるのは良くないからね」


猫の見えない瞳が嗤っていた。
暗い闇の奥の瞳、何も出来ない女王を見て嗤っていた。

憎かった。猫がとても憎かった。
アリスに選ばれた猫が憎らしくて仕方がなかった。
今、女王を嘲笑っている猫の瞳も、アリスを前にしたら歪んだ感情なんて零さない見た目だけは綺麗な瞳に変わるのだ。
そしてフードの中、見えない瞳を見ながらアリスは無邪気に笑いかけるのだ。
猫だけに、向かって。


「―――だから猫は嫌いなのよ」



どうしてあなたみたいな嘘つきが、アリスの幸せになってるのよ。



怨念は声になることは無く
ひらめいた爪は刃のように
赤い雫が花のように散った。






花のように、刃のように



僕のアリスEDの猫は胴体持ちなので、邪魔な女王を殺しにやってきます。


2007.5.16  わたぐも