夜風があたりの草木を揺らし、私の本体を柔らかに撫でる。
気温は少し低い。

しかし今の私にはそれらはすべては数値としてしか理解できない。


私は、人ではないから。






 違い






「いつまでもそんなちっこいとこに入ってねぇで出てこいよ」


頭上からそんな声がした。

その声の主は黒瞳黒髪、着ているものも全て黒。
つまり全身黒ずくめというかなり怪しい出で立ちの男。
私の現在の相棒、リロイ・シュヴァルツァーだ。


相棒に言われて私は立体映像のプログラムを作動させる。

現れたのは銀髪碧眼、白のローブを幾重にも着込んだ青年。
それが実体としての私の姿。

銀の髪は月の光を反射し眩く輝く。
そして肌を撫でる風。
それはやはり少し肌寒いがしかしそれが心地よくもある。



ふと視線を感じた。

振り返ると、呆けたような顔をしたリロイがこちらを見ていた。
この男が間抜け面を引っさげているのはいつものことだ。
だが今のそれは常のものとはどこか違う。


「…なんだ?」


不審に思った私は相棒に問う。


「―――え?…あ…いや……綺麗だな、…って…」


――綺麗?何が?

その疑問に対する答えはすぐに出た。


「あぁ…今夜は満月だからな」


そう言って、私は視線を上げる。


――確かに綺麗だ。


まさかこの男に風流心なるものがあったとは。少し、関心する。いや、したのだが。


「……月?」


相棒の口から零れたその言葉から察するに、聞き返すまでも無いことだが一応聞き返してみる。


「違うのか?」

「…へっ?……あっ…い、や…」


何故か口篭もる相棒の顔は少し赤い……ような気がする。
どうやら月が綺麗と言ったのでは無かったらしい。
他に何か綺麗なものがあったのだろうか?

しかしリロイがその続きを告げなかったので、この会話はここで終了。



私は視線を再び月に戻す。






五千年前――――私が造られた、戦いの日々。

あの頃の私には月を見上げるような余裕は無かった。
いや、違う。見上げるような私ではなかったのだ。
ただ<闇の種族>を殲滅する為だけに存在していた。

それが私、<ラグナロク>の役目だから。






「……痛っ…」


そのぐぐもった声で私は我に返った。


「…無茶をし過ぎだ、お前は」


恐らく昼間の戦闘で受けた傷が痛んだのだろう。


「見てて飽きないだろ?」


そう言う相棒の顔は得意げだった。
別に誰も褒めていないのに、だ。


「馬鹿。お前の傷は私でも治せないのだからあまり無茶は――――」

「あーはいはい、わかったわかったっ!!」



『あぁもう、うるさいわね!』



“彼女”と重なった。
五千年の昔に別れた私の最初の相棒。

リロイの見せる仕草や、発する言葉。
そこに感じる思いは確かな懐古と安心。


いい加減

大雑把

後先考えてるようで実は無鉄砲

しかしその瞳が見ているのは常に前だけ


そして――



そう、この二人は似ている。
似すぎている。

否、リロイと彼女は同じだ。



(――…同じ?)










「――リロイ?」


いつの間にかリロイが私の正面に立っていた。

その暖かな手は私の頬に添えられ黒髪が私の額に降り注ぐ。
私の銀髪とは違い月光を飲み込む黒髪。
これも綺麗だな、とぼんやり思った。


風が無い。



「っ!」


リロイははっとしたように後ずさった。


「……あ…悪いっ!」


――悪い?


「何がだ?」


リロイは何か私の気分を害するようなことをしただろうか?
いや、何もしていない。


「…あ、いや…わ、わかんねぇならいいんだっ!」


そう言う相棒の顔は今度ははっきりと赤い。
でも私はその意味がわからずただ首を傾げて相棒を見ていた。 強い意志の光を宿した漆黒の瞳。

しかし、その色が私の翡翠のそれとぶつかることは終に無かった。


「……お…俺はもう寝るからお前もさっさと寝ろっ!」


兵器である私に睡眠は必要ない。
そう何度も説明したはずだが、リロイはいつまで経っても覚えない。

(……それとも、私を人としてみているのか…)



『しばらくはここで眠ってなさい』



彼女と同じように。


やはり、リロイと彼女は同じだ。
だからリロイを見ていると懐かしさを感じる。


(…そう、同じだから――)



「…………同じじゃ……ない……」



それは自然と零れた呟きだった。

私はリロイと彼女の二人の相棒を同じとは思っていない。
では、何が違う?
わからない。

でも、違うのだ。


私はそっと頬に手を伸ばした。

そこが。リロイが触れていたそこが―――、 私にはないはずの熱を持っているような気がしたから。



また、風が出てきた。




……もうすぐ、リロイと出会って一年になる。




未遂です。なにもしてません。残念。(何が)
まだ恋人じゃない二人の話。
よければリロイ版の「距離」もどうぞ。


05.2.8  わたぐも