がたん、ごとん



線路の繋ぎ目に重い鉄車輪が嵌る音。
そして次の瞬間にはまた何も無かったように、そしてまた同じ音を立てる。揺れる車内。
決して小さくは無い音だが、しかし規則的なそれは同時に心地良さと睡魔も運んでくるらしく。

その恩恵は我が相棒のこの男にも例外なく届いているようだった。








サウンド アンド ノイズ







「蒸気機関は高いから乗らないのではなかったのか?」


切符を片手に指定の座席を探して車内をうろつく相棒に声を掛ける。
だが聞こえていないのか無視なのか、答えが返ってくる気配は全く無い。


「あー、あそこか」


そして機嫌よく相棒が席に付いた頃、向かい席に立て掛けられた私は機嫌悪く黙り込んでいた。


「いいんだよ、あの依頼人が出してくれるってんだから」

「……聞こえていたんじゃないか」


やはりというかなんというか、先程は意図して無視されたのだと発覚し、私は更に機嫌が悪くなる。
出した声も普段より低い。
しかし相棒は心外といった風に目を丸くした。


「何言ってんだよ。独り言言いながら通路歩いてたら変人じゃないか」

「今更気にすることでもないだろう。変態の癖に」


先程とはまた異なる調子で声が下がる。
そしてこちらを眺める男は窓の桟に肘を付いて、意味ありげにすっと目を細め嫌な感じに口の端を吊り上げた。


「それ、昨日のこと言ってんのか?」

「っ、」


ニヤニヤと品の無い笑い方。
思わず食って掛かりたくなるそれはもはやこの男の癖なのだろう、良く目にする気がする。

しかし私とて馬鹿ではない。
ここで下手に言い返せばドツボに嵌る、つまり向かいの男は更に調子に乗る―――ということを最近覚えた。
その為、私が選んだのは沈黙。男は無視を決め込む私を楽しそうに揶揄し続けた。

…しかし公衆の場も気にしないこの男の厚顔無恥な言い方は、果たしてどうにかならないものか。







がたん、ごとん







規則的な音が響く。
大して混雑していない車内に意識を巡らせば、座席に座る殆どの者が睡眠か読書に耽っていた。
車輪が線路の繋ぎ目に嵌っただけのただ単純なその音は人に睡魔を運ぶようだ。

人には安らぎと心地良さをもたらす音。
しかし兵器の私にはそれではない。


遠い昔に聞いた音。
馴染んだ響き。
生きる命を戦場へと運ぶ無情な箱の足跡。



そこでふと、先程まで絶えず私をからかっていた声がしなくなっていることに気付いた。


「リロイ?」


向かい席へと意識を向ければ、相棒は先程と変わらない体制で窓辺に肘をかけ頬杖を付いている。



―――怒ったのだろうか?



黙り込んだ後も、相棒は絶えず懲りず楽しそうに私に話し掛けていた。
しかし半ば意地になった私はその全てにうんともすんとも答えなかったから。

……少し、大人気なかったかもしれない。


「…リロイ、」


呼び掛けの後に少し間を置いて、珍しくも殊勝で、そして相手を調子に乗らせる効果しかないとわ かっていながらも口にした謝罪の一言。
しかし返事は無い。


「……リロ、イ?」


戸惑いながらも声を掛けるがやはり返事は無い。

果たして相棒はこうも根に持つ男だっただろうか。
妙な焦燥感に襲われて更に何かを言おうとして、そこで初めて相手の様子に気付く。


「……寝ている…のか?」


車輪と同じ規則的な寝息。
変だ何だと思っていたが、この男も一般人と通じる感性を一応ながらも持ち合わせているらしい。
心地良さそうに、安らかに。
それを見て私が吐いた溜息は、一体何を意味したのだろう。


窓から入った風に黒髪が揺れた。
一見硬質そうなそれが、実は意外と柔らかだという事は知っている。
そしてその髪を強く引くと嬉しそうにするのは至極曖昧な意識に残る少ない記憶。


「………」


気付けば立体映像を形成し、柔らかに靡く黒髪に触れていた。
記憶の中よりも渇いた感触。
そのことに一瞬でも違和感を覚えた自分に笑えた。

人も疎らな車内では乗客が一人増えたことなど誰も気付きはしない。
しかし直に車掌が切符の点検に来る。
誰かに見られて無賃乗車とされないうちに本体へと戻るべきだろう。


そう考えて少しの名残惜しさを感じながらも触れていた黒髪から手を離す。
そして立体映像を解除、しようとした。



がたんっ



「っ、!」


少し長めの溝に嵌ったのだろうか、列車が大きく揺れた。
警戒もしていなかった私はバランスを崩す。
倒れ込んで手をついたのは堅い座席の背もたれ。

しかし慣性に従い勢いが殺されず、突っ込んだ顔が触れたのは。


「―――っ…!!」


針に触れたようにがばりと身を引き離す。
ありもしない心臓がばくばくと音を立てて、取り込む必要も無い酸素が上手く吸えない感覚。

声は、出なかった。










「何で起こさなかったんだよ」


上方からは憤慨した声。
事実、その主は怒っている。


結局、あのまま相棒は眠りこけた。
その為に下車するはずだった駅を乗り過ごした。
それどころか乗り越し料金まで取られた。

しかしそれでは終わらず、こともあろうにこの男は「原因は俺を起こさなかったお前にある」などと言い掛かりも甚だしく、 やはり厚顔無恥なことを堂々と言ってのけていた。


「お前が悪いんだから責任取れ。夜に」

「何でそうなる。特に最後が」

「俺の気が済むまで」

「夜が明ける。大体、お前が寝さえしなければ私だってあんなことには…!」

「“あんなこと”?」


しまった失言だった。
いつもは私の言うことなど聞き流すくせにこういう時だけしっかりと拾う。


「……なんでも無い」


素っ気無く誤魔化すが、私にとって不都合な点でしつこい男は引き下がらない。


「あんなことってどんなことだよ?」

「なんでもない」

「なんでもないわけないだろ。教えろよ」

「どうでもいいからお前はしばらく列車に乗るな」

「乗ろうにも金が無いっての」



それに金にはもっと有効な使い道があるだろ。


ニヒルに嗤いながらのその台詞にどこか不穏なものを感じたが、まぁ良いか、などと思ってしまった。





汽笛が鳴く。
規則的な車輪の音。
単調なリズムを築いてただひた進む。


今はもう、遠い日々。





リロラグ同盟に捧げた献上物。

車内で手すり・つり革を持たないのは危ないよ、という話。(え?)
リロイと一緒なら嫌な思い出も書換えられると思う。厚顔無恥な相棒の可能性。
というかリロラグ更新久々すぎやしないか自分。


write  ― 05.12.12
upload ― 05.12.13  わたぐも