少し冷たい夜風が心地いい。


「いつまでもそんなちっこいとこに入ってねぇで出てこいよ」


それは俺なら絶対御免な狭っ苦しい宝玉のなかに収まった相棒への呼びかけ。
それはコイツもそんなとこより外に出て夜風にあたった方が気持ちいいんじゃないか 、って――そう、思ったから。





距離





最近なのか、だいぶ前なのか。

喋る剣を拾った。
前に使ってた剣ももう駄目になってたし、他にもいろいろあって俺はそいつを相棒に決めた。
そしたら、


『気味悪くはないのか?』


って聞いてきたから、


『ちょっと吃驚した』


と答えたら、そいつは物凄く吃驚していた。







ふと、柔らかな光が視界を掠めた。

顔を上げると銀の髪を夜風に靡かせ、月の光に照らされた相棒の姿。
見るのはたまに。
しかしもう見知ったその姿。

それが今夜はいつも以上に――


「…なんだ?」

「――え?…あ…いや……綺麗だな、…って…」


目の前の光景に沈んでいた俺に不意を衝いたような相棒の問い。
俺は咄嗟に思ったことを口にした。
しまった、と思ったが衝いて出た言葉は飲み込めない。
何を言われるものかとびくびくしていたのだがそれは要らぬ心配だった。


「あぁ…今夜は満月だからな」


そして納得したように視線を月に向ける。


「……月?」

「違うのか?」


違う。月じゃなくて、お前が。


「…へっ?……あっ…い、や…」


けどそれを本人に言えるはずも無く俺は口篭もる。
相棒は特に気に留めなかったらしくまた月を見上げた。

俺もそれに倣って夜空を見上げる。
しかしその先、相棒の視線を独占している満月が得意げに笑っているようで嫌な感じになった。
気に入らなくて視線を落とせば銀の髪は相変わらず風に靡いている。

その姿がやっぱ、なんか……こう――…


「………」


……どうかしてる。

今夜は何か調子が狂う。
このまま起きてても碌な事が無さそうだ。
とっとと寝よう。

そう思い、地面に腰を下ろす。


「……痛っ…」


その拍子に昼間〈闇の種族〉につけられた傷に鈍痛が走る。


「…無茶をし過ぎだ、お前は」


呆れを含んだ声と瞳が俺に向けられる。
その視線の先にいるのは今は俺だけ。
ただそれだけ、しかしそれだけのことにも俺は確かな優越感を感じていた。
今度は俺が得意げだ。


「見てて飽きないだろ?」


……あー、なんでかはよくわからんが「何勘違いしてるんだ」って顔してやがる。
じゃあ次はあれだ、「馬鹿」って言うぞ、絶対。


「馬鹿」


………ほら、言った…。


「お前の傷は私でも治せないのだからあまり無茶は――」

「あーはいはい、わかったわかったっ!!」


ただでさえ色々と小難しいことばっかリ喋りやがる口煩いコイツ相手に会話勝負じゃ絶対に勝てない。
ならさっさと打ち切るに限る。
そしてこんなことをすればまた文句の一つや二つが返ってくる。

しかし今夜は一向にその気配が無かった。


(………もしかして、言い過ぎた、とか?)


別に何を言ったわけでは無のに妙な罪悪感が漂う。
意を決して俺は黙りこくってる相棒をちらりと横目見た。

視線の先で佇む相棒は相変わらず綺麗で、その碧瞳は俺を見ていた。
俺を介した向こう、どこか凄く遠くを。

そこは俺の知らない、俺のいない、絶対に俺の手の届かない場所。
そのままそこに行ってしまうんじゃないかって。
このまま消えてしまうんじゃないかって。

“アイツ”みたいに。


「――…」



――冗談じゃ、ない。









「――リロイ?」


有り得ないほど近くで声が聞こえる。
鼻が触れ、吐息がかかり、視線が絡む。
頭の中は何も考えられないほど熱いのに、しかし手から伝わる体温は冷やか。


――俺は今、何をしようとしている?


「っ!」


血の気が引く音がした。


「……あ…悪いっ!」

「何がだ?」


しかし肝心の相棒は本気でわかっていないのか、きょとんとして俺を見上げている。
嫌悪ではなく純粋に疑問を浮かべている。


「…あ、いや…わ、わかんねぇならいいんだっ!」


しかし説明するのは気恥ずかしいし、第一出来るわけが無い。
引いた血の気がまた上ってきたのがわかる。

碧の瞳は疑問を滲ませたまま、まっすぐに俺の漆黒の瞳を見つめている。
だけど俺はそれに応えることは出来なかった。


「……お…俺はもう寝るからお前もさっさと寝ろっ!」


惚れた相手が手を伸ばせば届くほど近くにいる。
それで何もせずにいられるほど我慢強い俺じゃない。


相棒に背を向け歩みだす。
距離を置くように。

歩み置いたその距離に、どれほどの力があるのか俺にはわからないけれど。

相棒の頬に触れていた手を握り締める。
冷たい体温の残る手のひらを。



また、風邪が出てきた。



…もうすぐ、コイツと出会って一年になる。





リロイ、耐えてます。だいぶ煮詰まってます。無意識に手が出るほどに。
このままじゃまさか実力行使に?……あれ?(汗)
管理人の中でのリロイは両想いになるまでは色々悩んで奥手な感じ。
結ばれた後は砂を吐くほど大胆な感じ。(笑)

しかし我がサイトの夫婦達は旦那の片恋から始まる傾向にあるようですね。(じみじみ)


2005.3.24  わたぐも