ある生物の生態を知るにおいて、「観察する」という行為は大変効果の期待できるものである。
先の進んだ文明でも人類は観察の成果により多々ある危機を脱してきた。
例えばそれは対<闇の種族>の戦闘において。
人々は<闇の種族>と対峙する毎に奴らの特徴・弱点を詳細に記録した。
そしてそれは後に我々<ラグナロクシリーズ>のデータベースにもプログラムとして組み込まれ、戦闘時に多大な効果を発揮した。
これも「観察」の賜物であろう。
そして今。
<ラグナロクシリーズ>―――というよりは私個人にとってある意味「敵」と位置づけても文句は無いであろう者が一人、いる。
その男の弱点と弱点、そして弱点を見つける為、先人達に習い今日は一日観察日記をつけようと思う。
愛しの彼の生態学
名前 リロイ・シュヴァルツァー
外見 短めの黒髪に同色の瞳。長身。男。
職業 傭兵。金は年中無い。
備考 助平
今日は一日、この男の観察記録を付ける。
……観察記録の書き出しとはこのようなものでよいのだろうか?
AM7:30
リロイはまだ寝ている。
早起きが弱点か、といえばそうではない。
単に、ぐーたらなだけである。
普段からだらしの無いところが多いからな、この男は。
AM7:45
10分経過。
起きない。
AM7:55
更に10分経過。
以前この男は、「襲撃があれば飛び起きる」的発言をしたことがある。
今その言葉の真偽の程を試してみても良いかもしれない。
AM8:00
未だ起床の気配無し。
確か昨日、この宿屋の店主に「朝食が必要なら8:30迄に食堂に」と言われていたはずなのだが………いいのだろうか?
AM8:25
ようやくリロイに動きあり。
もぞもぞ、とベッドの上をリロイの太い腕が彷徨っている。
何かを探しているようだが……枕だろうか?
AM8:27
リロイ、漸く枕を掴む。
―――と思ったら投げた。投げ捨てた。
AM8:28
枕を投げ捨てた瞬間、突然ぱちりと目を開け、唐突にがばりと身を起こした。
そして私がそれに驚く暇もなく、身体的特徴に挙げた黒瞳が私をじろりと睨みつける。
「なんでお前、俺に断りもなく勝手に本体に戻ってんだよ!」
私がいつ本体に戻ろうとも勝手というもの。
怒られる理由がない。
AM8:29
リロイの口からは私に向けての文句が依然、止まらない。
その憤りを邪魔しないよう、あと1分で食堂のラストオーダーなのは黙っておくことにする。
別に、意地悪などではない。
あくまで「リロイの邪魔をしない為」、だ。
AM8:30
リロイ、食いはぐれ決定。
「…お前、何でそんな機嫌悪いんだよ?」
別に私は機嫌など悪くはない。
AM8:32
リロイ、ぶつぶつと文句を言いつつもシャワーを浴びに浴室に向かう。
AM8:35
シャワーの音が響く。
ちなみに私が本体の戻った理由は昨晩、リロイが私の静止も聞かずに調子に乗るからだ。
AM8:45
リロイ、戻ってくる。
……髪を拭きながら戻ってくるのは別に良いとして………そのみっともないものを隠そうともせずに戻ってくるのはやめて欲し…い……。
AM8:50
「腹が減った」
思い出したような一言と私を残してリロイは1階の食堂に向かった。
既に時間外であることには全く以って気付いていない様子であったが、ここもあえて黙っておくことにする。
繰り返すが、別に不機嫌などではない。
AM8:57
……なにやら、下の階が騒がしい気がする…。
AM9:00
静かになった。
AM9:32
30分ほど経過したが、相変わらず静かである。
リロイも帰ってこない。
AM9:54
リロイ、ようやく帰還。
食材が入っているらしい紙袋を両手に山ほど抱えている。
どうやら外ではなくここでで食べる気らしい。
AM10:00
リロイ、コーヒーを淹れにキッチンに立つ。
あの食材の山=リロイの全財産、のような気がするのは私の勘繰り過ぎだろうか。
AM10:25
コーヒー一杯に随分と時間が掛かっている。
AM10:30
台所に立って30分、リロイは2つのカップを持って戻ってきた。
「………紅茶」
片方のカップを突き出し、ぼそりと呟く。
AM10:32
暫しの沈黙の後、私は立体映像をとる。
席に座りリロイは少し遅めの朝食を開始。
AM10:30
………………………紅茶………………濃い………。
AM10:34
リロイの助言で私は渋々紅茶に砂糖を入れることにした。
AM10:35
リロイが親切にもスティック砂糖を手渡してくれるので、素直に手を伸ばしそれを受け取ろうとする。
AM10:36
ッ!!?
AM10:39
キッ…キスされたッ!!
我に返った私は気が動転して思わず手に持っていた紅茶をリロイにぶっかけてしまった。
そしてリロイは絶叫しながら本日二度目の浴室に向かった。
AM10:48
またもぶつぶつと文句を言いながら戻ってきた相棒は、再び本体に戻っていた私を見て更に文句を重ねる。
紅茶をかけてしまったことにはまぁ罪悪感を覚えなくもないが、元はと言えばこの男の破廉恥な行動のせいなのだ。
私は悪くない。
AM10;52
静かになった。
リロイの方に目を向ければ、規則的な呼吸が聞こえてくる。
二度寝。
AM11:12
暇。
AM11:32
静か。
AM11:52
気付いた。
リロイが起きていると世話しなく分刻みに観察記録を記入しなければならない。
つまりこの男はよほど騒がしい。
PM12:00
正午を告げる鐘が鳴る。
朝食を食べ損なったリロイだが、昼食は食べるのだろうか?
PM12:20
紅茶が飲みたくなったので立体映像をとる。
PM12:23
紅茶の葉を求め、朝方リロイの買ってきた紙袋の中身を拝借。
PM12:28
・鳥の丸焼き
・梨
・葡萄酒
・フランスパン
・牛乳
・砂糖
・麦酒
・牛肉の角切り煮込み
・蛙の姿焼き
・キャベツ
PM12:33
・羊の肉
・砂糖
・グレープフルーツ
・林檎
・焼き魚
・バナナ
・卵
・ハム
・蛇酒
・シナモン
・トマト
PM12:35
・………………紅茶のクッキー…。
PM12:45
探していた紅茶の葉はキッチンにあった。
PM12:46
紅茶の缶の蓋は開けっ放し。
リロイの欠点@ガサツ
PM12:50
コトコト、と湯を沸かす音がする。
リロイが起きた気配はしない。
PM12:55
紅茶、淹れ終わり。
PM12:56
部屋に戻れば私の本体に向かって何やら話しかけているリロイを発見。
面白いのでそのまま放置しておこうと思う。
PM12:58
リロイは未だ私に気付くことなく意識不在の本体に話しかけている。
リロイにしては珍しくぼそぼそ小声で呟いているので何を言っているのか分からない。
PM1:00
漸く事態を察したリロイがこちらに気付き振り向き硬直する。
傭兵がこうも簡単に背後を取られるようでは、飛び起きたらあの世のような気がする。
PM1:01
「………コーヒー」
未だ固まったままのリロイにそう言ってやった。
PM1:05
なんだか気まずい雰囲気が漂っている。
PM1:06
リロイの手がスティック砂糖に伸びたので手渡してやる。
PM1:07
少し苦いコーヒーの味。
PM1:08
あんぐりとしたリロイの顔に満足。
一矢報いた気分だ。
PM1:30
あの後、会話なのか喧嘩なのか良く分からないことを話しながら昼食を終えた。
……今日初めてリロイとまともに言葉を交わした。
PM1:35
昼食も食べ終わり、やることがなくなったらしいリロイはベッドの上でごろんと横になっている。
そのうち、三度寝にはいるかもしれない。
PM1:42
暇つぶしにこれまでの観察記録の中間まとめ。
「欠点」
・ぐうたら
・短気
・理不尽で身に覚えのない訳のわからない理由で怒る
・欲しいものは何でも買ってくる
・助平
・よほど騒がしい
「弱点」
・不意打ちには弱い
PM1:44
……読み直していて気付いた。
「リロイ観察記録」がいつの間にか「リロイと私の私生活記録」になっている。
PM1:45
気を取り直し、今から本題のリロイ観察を再開する。
PM1:47
ベッドの上でごろごろと暇を持て余していたリロイは突然、
「今からデートに行くぞ!」
と、訳のわからないことをほざいた。
PM1:56
なんだかんだと理由をつけてごねて嫌がる私にきれたリロイはまたも奇怪な行動に出る。
PM1:58
喚き散らす私を抱きかかえたまま、リロイは嬉々として扉を足で蹴り部屋から一歩踏み出す。
PM1:59
―――が、その瞬間、外は突然の雷雨にみまわれる。
唖然とするリロイとその腕の中で安堵する私。
リロイはどこまでも運の無い男であることが今ここに証明された。
PM2:05
すっかり不貞腐れたリロイは本日何度目か分からないベッドの住人となり不貞寝の限りを尽くしている。
PM2:18
気が付けばリロイは仰向けに寝転がり、手を天井に向けて伸ばし指を握ったり閉じたりしだした。
なんだか新手の宗教団体の怪しい儀式のようだがあえて忠告はしないことにする。
PM2:49
今度は足を使って同様のことをやりだした。
儀式どころか既に何を意味するのかすら分からない。
PM3:16
……………まだ続行中。
PM3:28
そろそろ相棒解消の時期かと思う頃合である。
PM3:34
その思いが通じたのかは分からない(単に飽きただけかもしれない)が、リロイは漸くあの奇怪な動きを停止した。
PM3:39
いつの間に取り外したのか、リロイは緑色の小さな球体を手の平で転がしていた。
PM3:42
………なぜかくすぐったい気がする…。
「お前、今日はやけに俺のこと気にしてるな?」
不意に掛けられた声に思わずびくりとする。
「…何のことだ?」
観察記録を付けているのだから自然といつも以上にリロイを追ってしまうのは仕方が無い。
だが私は勤めてなんでもない風を装う。
この男にそんなことが知れればどうなるか分かるようで分からない。
つまり私の予想を超えたとんでもない事が私の身に降りかかってくるのである。
「…ふぅん?」
意味ありげに細められた漆黒の視線に居た堪れなくなり思わず視線を逸らす。
「あのキスはお前なりの控えめなお誘い?」
「違う」
「俺の買ってきた紅茶のクッキーはどこに行った?」
「…知らない」
「じゃあ朝方からずっと感じるお前の熱ーいこの視線はなんだ?」
「……自意識過剰なんじゃないのか?」
しかし目を逸らしたこと、そして今の発言が何故か命取りになってしまった。
「じゃあ自意識過剰かどうか、今度は俺がじっくり観察させてもらうとしようかな」
今のは、私の行動を知っていて発した言葉ではないと堅く信じたい。
観察開始から半日足らず。
失敗の原因はきっと途中、間違えて「リロイと私の私生活記録」になってしまったことだ。
続きは今回の反省点も生かし次回に回そうと思う。
―――私に有利なリロイの弱点など、いくら観察しても見つけられないかもしれないけれど。
リロイ観察記録 No.1
観察者 ラグナロク0109
被観察者 リロイ・シュヴァルツァー
観察時間 8時間12分
「特徴」
・ぐうたら
・短気
・理不尽で身に覚えのない訳のわからない理由で怒る
・欲しいものは何でも買ってくる
・助平
・よほど騒がしい
・不意打ちは効く(ただし有効なのはその場その瞬間限り)
・我侭
・身勝手
・人の意見を聞かない
・運が無い男
・謎行動多し
・自意識過剰
「特技」
・なんでも最終的には自分の都合の良いように解釈し、持って行くことが出来る
「弱点」
・未確認
「備考」
・好き
カナ様からのキリリクでした。
日記感覚、いつもと違った感覚で書くのもなかなか面白かったです。分刻みでリロイのせわしなさ具合がよく分かる。(笑)
晩はもうラグ、呑気に観察してる場合じゃないので。(逃げた)
キリリク、有難うございました!
こちらはリクしてくださったカナ様のみお持ち帰りOKです。
05.6.8 わたぐも