素直な瞳がありがとう!
「―――おい」
「ぶ!」
呼ばれたからには彼の嫌いなものすごい笑顔で迎えてやろう、と無防備に振り返ったところで顔面に何かを叩きつけられた。
しまった、大いに油断した。
「‥いたい」
赤くなったであろう鼻をさすりながら恨めしげに睨み上げれば、相手はあからさまに「しまった」という顔をした。どうやら態とじゃないらしい。
二、三度、取り繕う言葉を探して泳いだ赤い視線はしかし何の弁解も生み出せずに終わる。
ずい、と今度は顔面でなく眼前に小さな包みを突き出した。
「‥‥貰え」
言われた方は、意味が分からずぽかんとする。
ファイのノーリアクションが居心地悪かったのか、焦れた黒鋼が包みをぐいぐいと押しつけてくるので、ファイはとりあえず受け取ることにした。
しばらくは黒鋼と包みを交互に見ていたが、やはりとりあえず開いてみることにした。
「あ、眼鏡だ」
いつかの国で知った道具。
自分の故郷には存在しなかったこれは、彼の国では馴染みの道具だったようだ。
かけていい? と問えば 応 と短く返事が返った。
「わ‥よく見えるや」
日本国にはセレス国のような広範囲を照らせる照明具はない。
昼でも暗かった故郷と違って明るい太陽が注ぐこの国では、必須のものではなかったのだろう。夜だけならばちらちらと風情ある蝋燭の光で十分に事足りる。
しかしファイはそうはいかない。
長年薄暗い塔に幽閉されていたことと元々色素が薄いことで視力が悪い。
ろうそく程度の光では足元など到底見えない。夜中は三歩進めば壁にぶつかる有様。
手元も危うい。布ではなく皮膚を縫おうとするのを見かねた黒鋼に「夜は裁縫をするな」と頼み込まれる始末。
勝手知ったる生活の場なら未だしも、染み付いた習慣と180度違う環境に馴染むには時間が掛かる。
きっと、黒鋼の故郷という事実にも多少なりと緊張している。
しかし素直にそれを認めれるほど、ファイは人間が出来ていない。
旅の間共に過ごした子ども達になら、喜んでおいしいところを譲ってきた。あの子達が楽しそうに笑うと嬉しくなった。
けれど相手が黒鋼だと180度話が変わる。
全くもってそう思わない。
むしろ美味しいところを持っていかれると腹が立つ。
全力で阻止したくなる。阻止せねばならない、とすら思う。これは義務で使命だ。
いつからだろう、彼に優位に立たれるのはどうも癪だと思うようになった。
大人げないな、とは思う。けれど嫌なものは嫌だ。
今だってそうだ。こんなにも気を使ってもらっているのに、「ありがとう」の一言すら言えない。躊躇っている。
旅の初めの頃はそんなことは無かった。
想うことが無かったから、思っても無かった事を簡単に口に出来た。
拒まれてもそれは本心ではないから、痛くもなんとも無かったから。
上辺だけの付き合い(少なくともファイはそう思い込んでいた)の頃には簡単に言えた筈なのに、今は言えない。本当に「ありがとう」と思っているのに、想えば想うほど口に出せず内で燻る。
想ってもらえると分かっているから、自分はこんな尊大な態度に出る。
これもそれも全部、黒鋼がいけない。
黒鋼が甘やかすから、いけないのだ。
さり気ない優しさとか気遣いとか。そんなカッコいいことばっかりするから、腹が立つ。
そんなにカッコよくならなくて良いのに。皆の目に留まるようなことしなくて良いのに。
君があまりにカッコいいから、変な虫が付いたらどうしてくれるの。
(‥‥本当、オレって大人げない)
だからといって、彼へのこの態度を改善する予定は皆無だが。
「‥それ、買うとき」
「ん?」
ファイが内心で更なる決意に拳を握り締めたことなど露知らず。黒鋼が気まずそうに声を掛けてくる。
先ほどは果たせなかった「ものすごい笑顔」で促すと、普段力強い瞳が益々気まずそうに視線を逸らす。
耳が赤くなっているのがレンズ越しによく見えた。
「『相手は俺よりずっと年上の奴だ』っつったからな」
ぱちくり、と青い瞳が瞬く。
どこかで聞いたことのある台詞、そうだ昔自分が言ったのだ。
たしか次元の魔女へのお返しを選んだとき。
そう、お返しだ。
何のお返し?
―――たしか。
「‥‥年じゃないもん、永遠の17歳だもん」
「いや、17は無理だろ」
「毎晩がんばってますー!」
「だから、頑張ってる時点で体力追いついてな「うっさい黒鋼」
忍者の頬を抓る魔術師の瞳はレンズ越しでぼやけていた。
猫被ったオレも、生皮剥がれたオレも、ばっちり同じ人と思ってくれる喜び。
バレンタインにファイにチョコ貰った黒鋼は、お返しして無い事をずっと気に病んでたんです。
(桜都国・フォンダンショコラ事変はバレンタインチョコをプレゼント!だとわたぐもは認識しています)(真剣)
2007.4.20 わたぐも