・黒ファイのファイの本名は『ユゥイ』です。
・しかし自身は『ファイ』と名乗っています。
・片割れのことは公の場では『ユゥイ』、黒鋼の前では『ファイ』と呼びます。
・双子片割れの本名は『ファイ』です。
・しかし自身は『ユゥイ』と名乗っています。
・黒ファイのファイのことは公の場では『ファイ』、黒鋼の前では『ユゥイ』と呼びます。
・黒鋼は双子が名前を取り替えて名乗ってることを知っています。
・要は双子は公の場ではお互い名前交換して名乗ってるけど、黒鋼の前では本当の名前で呼び合ってるよ、ってことです。
・あとこの話は堀鐔(ver現代)です。
この日、私立堀鐔学園校内で。
「オレの弟知りませんかッ!?」
と修羅の剣幕で怒鳴りながらドアを蹴破り押し入った教室の授業を荒らして回る化学教師(自称26歳)の目撃証言が多数寄せられた。
当初は放っておいたものの、何故か自分の元に寄ってたかってやってくる証言が減る気配は一向に見えず、むしろ増加増加も激増の一途を辿っていた。
終いにはモコナ(名字)が2モコナ(単位)揃って「ナマハゲが出たの!」と体育準備室にやってくるものだから始末に置けない。その四瞳は輝いていた。糸目なのに。
よって体育教師は結局、授業時間とは打って変わって重い腰を上げざるを得なくなり、今に至る。事情聴取。
「猫を飼おうと思うんだ」
「ファイは猫好きだもんねー」
「名前も決めてる」
「やっぱり猫は『ナカムラさん』でしょー。パンダなら『新橋』」
「『くろたん』」
「だめ!!『ナカムラさん』にして!」
以上。
これが校内鬼ごっこの動機。
つまり双子は現在絶賛喧嘩中‥らしい。兄の方が一方的に目の敵にしている感が否めない。
「ちょっと聞いてる!?」
もう昼休みに入っていた。
しかし化学教師は未だ憤慨している。昼食を差し置いて、というあたりがそれだ。
たかが猫の名前。
しかも飼い猫の名前如何で言い争っているのではなく、未だ飼ってもいない猫の名前で争っている。取らぬ狸のなんとやら。
本来ならば「人の名前でなにやってやがる!」と怒鳴っているのだが、今となってはそんな気力も湧かない。既に午前中の通報で幾度と無く聞かされていたからだ。いい加減ぐったりしてくる。
深々と溜息を吐いた。
「その前に言うこたぁないのか」
「ファイ見つけたら捕まえてオレに教えて!」
「違うだろ!」
今日の午前中のおまえの行動を言ってみろ!
流石にそこには思うところがあったらしい。う、と言葉に詰まった。
腐っても教育者。高等部で六年粘っただけの情熱は健在だ。あとその駄々っ子ぷりも。
「そっ‥そりゃあ、授業に乱入したのは駄目かもしれないけど!」
「かも、じゃねぇ」
「だっ、だって!ファイが猫の名前を『くろたん』にするって言うから!」
「普段なら「冗談じゃねぇ」と言うところだが生憎、今日の俺は疲れている」
「猫の名前は『ナカムラさん』と決まっているのに!」
「誰だよ、『ナカムラ』って」
「『さん』までつけて!」
「猫の名前くらい何でもいいだろうが」
「だめ!だめったらだめっ!!」
げっそりした体育教師、というのも珍しい。
片手で顔面の半分を覆って再度溜息をつく。いつかどこかでしたことがあるような感覚。
再度視線を化学教師に向ければ、相手は呪い殺さんばかりの視線でこちらを睨んでいた。
「なんだ」
「黒鋼はファイとチューがしたいっての?」
「今の話の流れのどこでそうなった!?」
議題は猫だ俺じゃねぇ!
第一あの性悪となんざ酒を引き合いに出されても願い下げだ!!
そう思いはしたが決して言わない。
弟に異常な思い入れをしているこの兄の耳に入ったが最後むしろ最期。騒ぎ立てるだけでは飽き足らず、確実にあの世を百度渡ることになる。
そう、恐怖の晩餐連夜はまだ記憶に新しい。
「牛なら筋があっても悪くねぇ」とさり気なく抗議すれば「なら問題ないね。牛乳も噛んでから飲むんだし」と笑っていない瞳が微笑えんだトラウマ。
「だから黒たん先生も一緒にファイを探してー!」
「なんで俺が!」
「人手が多い方が見つかりやすいもん!」
「宿舎帰りゃ嫌でも顔合わせんだろ!」
「いーまーすーぐーがーいーいー!」
「知るか!そんなくだらねぇことしてねぇでさっさと昼飯に、」
「“くだらねぇ”?」
――ああ、本当に最近はこのパターンばかりだなと思った。
大概、勢いで血が上った自分がうっかり双子のことをなんだかんだと言ってしまい逆鱗に触れる。
近頃はすっかり怒りの地雷と仲良しだった。
「黒たん・黒様・黒ぴっぴ!」
ただ。
今回踏み抜いた地雷が普段と違う種類だったことに、爆発するまで気付かなかった。
「君の渾名を使っていいのは後にも先にもオレだけなのッ!!」
‥‥渾名?弟でなく?
それはつまり?
「ファイ先生!」
バン!と勢い良く開いた扉。蝶番が吹き飛んだ。
今日のこいつも常にこの勢いだったんだろうか、と思考が逸れたお陰で訪問生徒を咎めるタイミングを失った。
「あっ!いけない違った、ファイ隊長!」
「サクラ隊員!見つかった!?」
「はい!ターゲットは中庭で女子生徒に一口ハンバーグの作り方講座をしています!」
「ご苦労さま!」
「いや、おまえ生徒に何させてんだ」
「中庭だったか‥オレが匍匐前進で通ってきた時にはいなかったのに!」
「聞けよ」
「モコちゃん達が見張ってますけど、善は急げです!」
「了解!」
「おい」
「じゃあまたね、黒たん先生!!」
嵐が去ったというに正しい昼休みのひと時。
「昼飯、食べそびれましたね」
残された黒鋼に、グラウンドに面した窓越しに声が掛けられた。
忍び殺したような笑い声。
「‥‥中庭でハンバーグ作ってんじゃねぇのか」
「もう終わりましたよ。余ってますけど、いりますか?」
「遠慮する」
慌ただしく体育準備室を出ていった化学教師と瓜二つの顔。
渦中の調理実習講師は静かな笑みを湛えていた。人が見れば上品な笑いの部類だろう。
しかし今見ているのは自分。感想としては充分に性が悪い微笑だ。
現に。
「兄貴が探してんぞ」
「みたいですね」
「あまりからかってやるな」
「そう思うなら教えてあげれば良かったのに」
「ああ?」
「知ってましたよね、貴方は。オレがここにいたこと」
「‥面倒ごとはごめんだ」
「疲れるから?」
「ああ」
「緩む顔を引き締めるのが?」
虚を突かれた顔は一瞬、すぐに普段の仏頂面に戻る。
「眉間の皺がニ割増」と指摘されるが「うるせぇ」の一言で切って捨てる。皺は一本増えた。
「ユゥイが楽しそうで良かった」
「そう見えたか?」
「気付いてなかったくせに」
「激怒だったな」
「猫の皮を剥いでも、中から出てくるのは猫ですよ」
「知ってる」
「ならいい」
じゃあ、次実習なんで。
ハンバーグはやっぱりおすそ分けしておきます。迷惑料です。
迷惑そうな顔した黒鋼の腕の中にまだ温かいタッパーを押し付けて、双子の片割れはひらりと窓の桟から肘を離した。
その仕草ひとつで――ああやはり違う、と。
あいつは絶対に自分から別れを切り出さない。
さよならを言われるまでは、とずっとずっと。少しでも長く長くと。
続く言葉をいつもいつでも懸命に探していた。
後姿を見たことは殆ど無かった。
「あ。忘れてた」
その似て非なる後姿が、足を止める。
「ユゥイに伝えておいてくれませんか?」
「ハンバーグなら遠慮なく持って帰れ」
さも今思い出しました、と言わんばかりに振り返る仕草は白々しい以外の何でもない。
戯言に付き合うつもりはない、と宣言したのだがサラリと流された。
振り返ってから次の言葉までがまた長い。
「猫を飼うのはやっぱり止めにする、って」
やっとたどり着いたこの男の此度の訪問の目的。
聞かない訳にはいかないとわかっていても、短気な自分はもう相当に焦らされていた。
「首輪。つけれないから」
無表情な笑顔という矛盾。
自分で言え、とは言わなかった。
黒鋼はただ事実を告げるだけ。
「飼ってるわけじゃねぇ」
イイ度胸、と聞こえた気がした。
風が攫うから笑い声かはわからなかった。
足音が消える。
「‥‥面倒くせぇ」
頭痛が痛かった。
こねこのおうち
三人とも板ばさみになってるんです。
2007.11.7 わたぐも