白い着物は寝間着なのだと聞かされたのは、一昨日。
いつも黒い服を好んでいた彼のごつい身体が真っ白な布切れにくるまっている姿は正直言って、違和感の塊だ。
さっきは取り敢えず殴りつけてはみたものの、その後の対応なんて決めてなかった。
妙な沈黙が気まずくて「変なの」と服装を揶揄れば「自分の服を見てから言え」と言い返された。オレは今、君の話をしてるのに。
しばらくして侍女が持ってきた彼の着物はやっぱり黒。
片腕で着物は着られないから手伝った。
着物を広げ、一本だけ袖を通させる。
失った左腕。
その寂しげながらんどうの空間だって、埋め合わせるまでのわずかな時間だけだとオレは知ってる。
悔いていないと言った君には正直余計なお世話かもしれないけれど、オレだってオレが後悔しないために自分に出来ることをすることにした。君流に言えば『好きにする』。
これからオレがどうやって生きるのか。
決めてはいるけど覚悟がどうのこうのと根掘り葉掘られれば、あまり自信がある方では無かったりする。
不安といえば不安。明確な未来プランがあるわけでもない。
でもね、何なんだろう。
この不安感は決して諦めじゃないんだ。
あれほどまでに君が嫌った後ろ向き。
言葉で表現するのは難しいけどその意味を、今のオレは朧気な輪郭に触れている。
人は不安になるから、信じたがる。
昔を思い出しては笑ってしまう。
ああ、確かにあのころのオレは鬱陶しい子だったな。って。
生きる気なんて無いよ、と言って笑うくせに、不安を捨てきれずにふらふらしている様は亡霊の如く蜃気楼。
死にたい、と思うのは今生きていることを痛いほどに実感しているからだ。
絶望は希望の裏返しなのだと気付くのに随分遠回りした。傷つけたし傷も負った。
本当、筋金入りの陰鬱さ。
もっとも、そんな根暗に根気よく付き纏った君も大概、鬱陶しい子だったけどね。
「何笑ってやがる」
「立派な腹筋が呼吸の度にピクピク動くのが可愛くて」
途端、君は嫌そうな顔をした。
ここは昔だったら、ああまた嫌がらせをしてまった、と思うところ。
でも今はちっともへこむ気にならない。
ちゃんとそれが君なりの感情表現なのだと自信をもって答えられるから。
わかりにくい感情と表情を、君はオレより一年も前から読み取った。
まぁ、嬉しいか、と聞かれるとストレートに頷くにはまだ遠い。
今まで生きた日々を思えばたった一年たかが一年。されど一年、何故だろう。
どうやったってこの一年、追いつける気も追い越せる気もしない。
まあ、あれだ。
子どもの成長速度は親の想定以上に素早く賢しいものなんだよ。
「はーい、腕挙げて。帯巻いたげる」
「‥‥」
「なぁに、その目」
「出来んのか?」
「失礼な」
「箸も持てねぇくせに」
「君だって赤ん坊の時は持てなかったでしょ」
「都合のいい時だけそうや、てっ!!?」
くどくどと文句を言いだしそうだったので、帯を力の限り思いっっっきり締めてやった。
オレの笑った顔、今でも君は「胡散臭い」と鼻であしらうのかな?
その問いに正解できる自信だけは、実はちゃっかり付いていたりする。
だってほら、オレはどうせひねくれていますから。
Hello!Baby!!
黒鋼がファイに向けた笑顔のなんて優しいこと!お幸せに!
2007.10.18 わたぐも