目が覚めた。
いやそれは嘘だ。
(‥‥ねむくない‥)
目が痛い。
蒼い眼を包む瞼が腫れ上がってジンジンする。
擦りすぎですわ、と笑顔で窘められたが最早癖になってしまっていた。
黒鋼は死なない
姫はそう言った。
夢見と言われる彼女がそう言ったのだからそうなのかもしれない。印象はどうあれ、過去の実績は確かなのだ。
でもどこまでが本当になるかはわからない。未来は変わるのだ。
黒鋼は死なない。死んでない。
今は。
明日は?
明後日、明々後日、一週間後。もしかしたら近い方で一時間後、一分、一秒。
彼が生きてる保証なんてどこにもない。
今はまだ死んでないことしかわからない。
力ない己を恨む日が来るなんて思いもしなかった。
魔力を半分にしたことを悔やむ日が来るなんて思いもしなかった。
何故、自分はあんなことをしたのだろう?
何故、無駄とわかり切った方法に賭けたのだろう?
何故、もっと他の方法であの子の心を繋ぎ止めなかったのだろう?
それしかなかった?
確かにそうだ。あの時はそうする他になかった。そうする意味すらなかった。
いや、意味はあった。
死にたかったのだ。自分は。
蹴られた頬など痛まなかった。
ただ腕が痛かった。
数時間前に捕まれた腕がまだジクジクと痛んでいた。
逃げたかった。
覚悟など決められない。決まるはずがない。
拙い。駄目だ。これはいけない。
そうわかっていながらも、ずるずると続けた関係にいつか終わりがくるのは自分だけが知っていた。
だから逃げたかったのも自分だけだった。
今なら、今死ねば。
誰かのためという大義名分の名の元に、全部綺麗なままで終わらせられると思ったんだ。
半分になった視界は極度に狭くって酷く見え難い
視野も極端に凝り固まった
暗い室内をキョロキョロと見回す。
彷徨う視線は一度だって目当てのものを見つけられたことはなかった。
今度もそうだとわかっているのに、それでも探す自分はなんて愚か。
いつも自由になりたかった。
それには死だと思っていた。
傍にいるのに何も出来ない力になれない。
それがこんなにも歯痒く惨めだなんて知らなかった。
だってみんな、いつもオレの手の届かない場所にいた。
だってみんな、いつもオレを置いていった。
だってみんな、いつもオレの元にたくさんのものを のこして逝ってしまった。
残されなくなって初めて気づいた。
遺されなくなって初めて気づいた。
両手が空になって初めてわかった。
荷物を持たない身体が軽くって、大地で踏ん張る理由がどこにもない。
またゴシゴシと瞼を拭う。
蒼い瞳は今、真っ赤になっているらしい。みんながそう言っていた。
そのまま真っ赤になってあの赤と一緒になってしまえばいい。
そんな馬鹿なことを、そうはならないものかと本気で考えてしまうくらい。
‥‥寂しい、だなんて。
諫める人がいないのを良いことに、またゴシゴシと瞼ごと瞳を擦った。
ジンとした痛みの後には、ヒリつくような熱さが待っている。皮がめくれたかもしれない。
いつになっても枯れない辛さが沁みてきた。
(‥‥いたい‥)
――あの、ね?
オレがつけた傷はまだ痛む?
オレが抉った傷は膿んでしまった?
オレが毎日剥がした瘡蓋、今日で何枚目になった?
答えはない。
だってオレは何もしていない。
‥‥何も、できなかったんだ。
片目じゃ地面と自分の距離を測れないから転んでばかり
一人じゃとても歩けない
「お返しだよ、黒様」
「‥‥ぶっ飛ばすぞてめぇ」
瞳が半分になったから、涙の量も半分で済んだ
ラッキーだった
現金でいこう!
171話のフローライト・涙ほろほろ記念
黒鋼が起きるまでずっと泣いてると良いよ。百年分です。
2007.11.1 わたぐも