だって最後は許してくれるんだもの








「‥‥おまえはまた‥」


しっかりと引き結ばれた口角は端がつり上がり気味。
満面笑顔は「にっこり」というより「にこーっ」という形容詞。
一種のブランドにまでのし上がった偽スマ○リー君だって、ここまで図々しい笑顔はしない。

吐くべき言葉を悶々と黒鋼は練っている。そんな忍者の苦悩など魔術師は気にしない。その証拠に唸る黒鋼を尻目に、ファイは自分の抱えた籠から飴玉が転がり落ちたのを目敏く見つけ、それを拾おうと屈んで、更に籠から飴玉を二つ落としている。


「通じねぇのはわかってる。わかってるが言っていいか、いや言わせろ」


音に反応したファイが飴玉を拾う手を止めて顔を上げる。
だが天晴れ、作業を中断しただけで中止したわけではない。
伸ばした右手は飴玉を掴んだまま静止している。
上げられた顔、その口にはいつの間にか煎餅が咥えられていた。


「いくら味方だとわかってるからとはいえ、あいつらがくれるもの全部なんでもかんでも貰ってくるな!てめぇは部屋を菓子の館にするつもりか!」


場所が廊下だからその声が普段に増してまたよく響くこと。

しかし怒鳴られた方はきょとん、としている。如何せん、今二人は言葉が通じない。魔術師がアクションを起こさない。妙な沈黙。
そして次の瞬間、彼の表情が崩れた。

泣き顔、ではない。
にへら、という笑顔に変わった。


「‥‥‥‥」


白い翻訳機不在のこの数週間。一月も経たぬ時間だが四六時中行動を共にした結果、黒鋼は嫌が応にもファイの考えが読めるようになった。成長した。

だから訳せる。訳せてしまう。
さしずめ今の笑顔は、

『だって皆がくれるんだもーん』

おまえ絶対、言葉通じてんだろ!

そう怒鳴り付けたくなることも多々あった。まさに今だ。
しかしその多々の経験から、一々怒っていてはキリが無いことも学んだ。
実際、力任せの怒鳴り声では駄目だと言うことも学んだ。
人を遠ざけようとする癖に、実際離れていく背中は寂しそうにその背を見送る。こいつが簡単に元に戻ってしまうのは目に見えている。

通じないことが救いになるなど、どんな注釈を加えようとも皮肉な悲劇でしかないのだけれど。

黒鋼の思考が横飛びした隙にファイはまた菓子拾いに精を出していた。
籠から最中が転がり落ちたのに思わずファイが右手を伸ばすが既に飴玉が握られている。掴めない。それに気づいて飴玉を籠に入れるが逆に揺らしてしまい更に最中が二つ落ちた。
拾う数より落とす数の方が多いことを、黒鋼は敢えて言わない。


「‥おまえな‥」


さらに小言を言おうとしたところで、廊下の向こうから人が歩いてくるのが見えた。
浮き出たこめかみの血管を気合で押し込め、気力で声を出す。

「‥あーいい。もういい。いいから中に入れ、さっさと」


脱力して扉を開ければ、逞しい腕の下を柔らかな金髪が嬉しそうに潜っていった。










夜魔ファイにはお菓子のオフションが必須だと思う。


2007.4.7  わたぐも