一日で10のお題 - 2.ご飯
「野菜切ろうか?」
「食器」
「お皿もフォークもスプーンも、ぜんぶ並べちゃったよ」
やることがなくなったらしいガユス(子ども。以下、仔ガユ)が台所に立つギギナの手元を覗き込む。
流し台と仔ガユの目線が丁度同じくらいの高さである為、まな板を見ようと背伸びした爪先が震えていて可愛いことこの上‥ないわけではないがそう意味ではなくて、危険、そう、頼りないことこの上ない。本人の意気込みはどうであれ、包丁を握らせることに不安を覚えるのも致し方ないだろう。
ギギナは少し迷って、けれどやっぱりガユスを台所から追い出すことにした。
「いつもやってるのに」と言いながらも、仔ガユは素直にリビングへと歩いていった。
「‥‥いつからここは託児所になったのだ」
と、悪態を吐いてみるものの、口の端は確かに緩んでいた。
「なまものばっかり」
口をへの字にして仔ガユが文句を垂れた。
大きな青い目が睨みつける食卓には野菜のサラダとハムとチーズとパン。飲み物は、水。
「急だったのだから、わがままを言うな」
今が非常事態であることはなんら変わらない。が、とりあえず飯、ということになった。
朝のこの時間ではコンビニ程度しか開いていないし、第一この姿の相棒を連れ歩くのに迷いがあった。対策が必要だ。色々。
だから本日の朝食は有り合わせの物を、正しく更に盛り合わせたものである。
仔ガユの文句も理解できるが、こればかりはどうしようもない。料理は自分ではなくガユスの得意分野なのだから。
座高の問題からクッションを二枚重ねた椅子に危なげなく鎮座したまま机の果てに置かれたマーガリンにぷるぷると必死に手を伸ばす仔ガユに目標を手渡してやりながらギギナが続ける。
「大体、朝はいつもここでは食わぬのだ」
「じゃあどこで食べてるの」
「‥昼は外に連れて行ってやるから我慢しろ」
「レストランはお金かかるよ」
「ならばどうしろと」
「ホットケーキなら、オレ作れる」
「鍋は無いぞ」
「ホットプレートないの?」
「卵すら無い」
「じゃあダメだ」
フライパンじゃまだ作れない。焦げるから。
むぅ、と唸りながらガユスが切り分けられたハムをパンに挟んで頬張った。
目玉焼きが欲しい、と呟いたのを耳に挟みながら、ギギナは塊のままのハムを手掴み丸齧る。
「おにーさん」
「‥‥ギギナ」
「?」
「ギギナ、でいい」
ぱちぱち、と青い瞳が数度瞬く。
「じゃ、ギギナ」
早ッ!!
直ぐに名前呼び、しかも呼び捨てだ。いや、確かに言え言ったがもう少し葛藤とか恥ずかしがってくれても良いものを。
しかし呼び名など子どもには大した問題ではなかったようだ。
ギギナが妙な感傷に浸っている間も、ギギナギギナと連呼している。
「ギギナってば!」
「‥‥なんだ」
「フォーク使ってよ」
口の端にパン屑を張り付かせた子どもが指差す先。銀色輝く三本槍の食用道具。
相棒が使え使えと口すっぱく言っていたあれだ。
不機嫌な赤毛を思い出した瞬間、前衛職の脊髄反射でズバリ言ったよ。
「面倒だ」
胃に入れば皆同じ。
途端、仔ガユの顔が曇った。
「‥‥手で食べたら駄目なのに」
しゅん、と項垂れた様を見せられては、まるで自分が悪いみたいではないか。いや、悪いのだが。
そう言い訳してみても気まずい雰囲気は変わらない。
溜息ですら吐くのが躊躇われる沈黙の中、カチャリ、と金属が触れ合う音がした。
「‥これで満足か」
フォークに突き刺された硬い肉が美姫の真っ赤な口唇へと運ばれ咀嚼されるまでをじっと見ていたガユスは、最後にそれが嚥下されるのを確認して満面の笑顔で一言。
「えらいねー」
食後に林檎を剥いてやれば、「うさぎだ!」と叫んだ仔ガユの目が輝いた。
2. ご 飯
せっせと並べたフォークをギギナが使ってくれなかったので仔ガユは少し傷ついた。
2007.9.15 わたぐも