一日で10のお題 - 1.目覚め
ギギナは寝ていた。
自宅の寝台で寝ていた。
そして朝が来た。
だから起きた。
「‥‥」
「‥‥」
起きた以上、ここは現実。既に自分は夢から帰還している。
それにもかかわらずなんだろう、この光景。
曰く、目の前に青い大きなくりっとしたお目目の子どもがいて、更にその子どもが寝台の横の床にちょこんと座ってギギナの寝顔を凝視していた挙句に、ギギナが覚醒したとみるや礼儀正しく「お邪魔してます」と挨拶した―――という状況。
因みに自分は許婚はいれども未婚二十代。頭はげても浮気は止めぬ、手癖女癖は相当に悪いが隠し子不在。
補足すると、現在このエリダナにて眼鏡で赤毛の可愛いあの子に絶賛三年越しの真剣な片想い中。総合的学名:甲斐性無し。
有り得ない。
鍵を閉めなかっただろうかとか、この距離で他人がいることに気付かなかったとか咒式士としてどうだとか、寝顔を見られて恥ずかしいとか、そんなこと以上にそう、有り得ないだろうこの状況!
普段から不足気味な上に寝起きというオプションの付いたギギナの脳であっても導き出せた結論は、そう、この状況は確実に有り得ない!!
「‥‥誰だ、子ども」
「名前聞いてる?」
「‥‥そうだ」
「ガユス」
そうか、ガユスか。良い名だ。
よし、まず名前は聞き出した。
ならば次は目的を―――‥‥‥‥まて。
「‥‥‥‥ガユス?」
はぁい、と間抜けな返事が返る。
律儀に挙手までしてみせた様を見たならば誰もが「まぁ可愛らしい!食べちゃいたい!」と叫んで頬擦りするに違いないのだろう。が、ギギナには出来なかった。ギギナにはそのような心の余裕は無かった。所詮『ヘ』から始まり『レ』で終わる甲斐性なしなのだから仕方無い。ヘレ肉ではない。
よく見れば。
癖のついた赤錆の髪は「辛気臭い」と彼が漏らした色。
それとは正反対に澄んだ青色の瞳。
そのコントラストはギギナのお気に入り、可愛いあの子の専売特許。
よくよく見れば、それら面のパーツの配置はまるで自分の相棒の幼少を絵に描いたような。
「ガユス・レヴィナ・ソレルか!?」
「おにーさんはギギナでしょ?そう言ってたよ」
「貴様ついに現実逃避で子どもになったのか!?そうなる前に私に言えばなんとでもしてやろうもの‥‥‥‥言っていた?誰が」
「眼帯の男の人と、おっきなゴーグルした男の子」
大人と子どもなのに双子なんだって。
ちっちゃい方が「似て無いでしょ?」って聞いてくるから、「似てないね」って答えたんだ。
モル○ィーン!!!
瞬間、事態を理解した。
名前は伏せた。口に出すのも腹立たしい指輪事件。
しかしどうやって自分の相棒をこんなにも可愛らしく‥否、奴は元から可愛らしかったからつまりあの愛らしさに拍車を掛けた、即ち小さくしたかは知らないが、今目の前で自分を見上げている小さなガユスという変化は奴の仕業に間違いない。
あの男、咒式士ではないことは知っていたがよもや魔法使いだったとは。
先端に星のついたステッキを振る中年男、という様を想像したギギナの背筋に原因不明の悪寒が走る。某魔法少女より、むしろ比較せずともお似合いだと思った記憶は抹消。
やはりあの細首、二度ほど刎ねてやらねば収まらない。
意識が覚醒するに従い、ギギナの中で鎌擡げてくるのは怒り。
それは己の相棒を好き勝手された(聞きようによっては卑猥)事への怒り。断じて、このガユスの可愛らしい有様を一番に見たのが己で無くあの魔法使いだった事への怒りではない。
そして憤怒を宿したギギナが玄関へ向かおうとがばりと寝台から身を起こしたのと、
「あ、そうだ。おはようございます」
ガユス(子ども)が思い出したように丁寧に朝の挨拶をして、ぺこりと頭を下げたのは同時。
そして顔を上げて青い瞳で、きょとん、とギギナを見てから一言。
「おにーさん。そのまま外出たら逮捕されちゃうよ」
邪気の無い、冷静な助言をした。
1. 目 覚 め
さあ、一日のはじまりだ
2007.8.19 わたぐも