羊飼いの鈴





しとしとと小雨が降る音。

溜息を吐いて俺は重い腰を上げる。
玄関の咒式錠を解除、金属製の鍵を回す。
扉越しに、息を呑む気配がした。


「‥‥何やってんの、おまえ?」


開けた扉。
そこには、ずぶ濡れたギギナが立っていた。


「いくら小雨で尚且つおまえが前衛職でも、傘も差さずにってのは元気過ぎだろ」


『おまえ、やっぱり馬鹿だろ?』と、言外に滲ませた声を出す。
すると霜が張り付いたような銀の瞳が少し揺らいだ。


「で。人ん家の玄関前で、おまえは一体何してるんだ?」


重ねて同じ質問をするが、ギギナからの返事は無い。
ただじっと、俺を見ているだけだった。

滴るほどに雨を吸ったギギナの長外套。
確かに雨が降ってはいるが、小雨程度。数分外に突っ立っていたくらいでは、こうも濡れはしない。

ギギナが来たのは知っていた。
けれど本当に来ただけだったのだ。
戸を叩くでもない。
呼び鈴を鳴らすでもない。
ただ家の前に立っているだけ。
最も、ギギナの訪問を知っていてこの一時間、声を掛けずに放っておいたのは自分だけれど。


『俺が声を掛けなかったら、一体いつまでそうやって玄関前に突っ立ってる気だったんだ』という言葉は飲み込んだ。問う必要はない。

ジオルグが死んで、ストラトスの心が消えて、クエロが背を向けて。
不安定になっているのは俺だけど、
不安になっているのはギギナの方だ。

だからわざわざ、言う必要は無い。


「‥まぁ‥‥取り合えず、入るか?」


右手の親指を立てて室内を指す。
けれどギギナは動かない。

仕方が無いので、コンコン、と握った拳で金属製の扉を叩く。
再度の促しでギギナはやっと一歩、室内へと足を進めた。

ギギナを誘導している自分の姿が、鐘を鳴らす羊飼いのようで苦笑する。


カチャン、と金属の音を立てて、俺は玄関の施錠をした。


「‥軟弱男は鍵を掛けねば怖くて夜も眠れぬか」

「何故鍵を掛けるのか。それはそこに鍵があるからだ」


俺の返答にギギナは鼻を鳴らしただけだった。
そして足音は浴室へと消える。



“どこにも行かない、ここにいるから”という意味だったのだけど、
当たり前過ぎる行為に込めたその意味は、
あいつには終に届かなかった。





ガユギギの美姫は仔猫もいいけど仔羊も似合うと思った。
書いてる途中に頭に浮かんだのは「黒ヤギさんからお手紙着いた〜」でした。(羊?)


2006.10.23  わたぐも