77.目覚め
「…なんでかなー…」
頼りなく漏れた呟きは誰に拾われる事も無く、薄暗い部屋の隅に消えて行く。
「…よりにもよって、なんでこいつと…」
お世辞にも広いとはいえない寝台に座る己。の隣で安らかな寝息を立てている人物にちらりと視線を投げる。
「…なー、おまえ、本当は起きてるんだろ?」
返事は無い。
しかし前衛、しかもエリダナでも屈指のこの男がこの距離で声を掛けられ気付かない筈が無い。
まさか人の懊悩を愉しんでやがるのかとむっとしたので身体を揺すろうと手を伸ばしてからああそういえばこいつ他人に触られるの嫌いだったと思い出し一瞬躊躇したけれど昨夜散々触ったのだから今更だと思い直して白い肩に触れる。
「おい。おーい」
何度か肩を揺すったところで秀麗な眉が寝苦しそうに眉間に寄った。かと思うと紅い唇が小さく呻き声を上げてもぞもぞと寝返った。
そして何事も無かったように規則正しく上下する胸板。
「……………マジ?」
神経過敏なこいつが他人、しかも俺の隣で熟睡している驚愕よりも、無防備に晒されたその寝顔が可愛く思える驚愕事実の方が今現在、俺のこの優秀な脳のウェイトを占めているという三段構えの驚愕。
まずい、本格的に病気だ。主に精神と脳、そして心臓の。
「ギギギギギナさんっ、俺の心身安定の為に早く目覚めて普段通り口悪く罵って面白くも無い下手な冗談を汚泥を垂れ流してくださいっ!」
腕に鳥肌、背中に冷や汗を伝わせながら、俺は再度その肩に手を掛け必死にわさわさと揺らす。
煩そうに震えた銀の睫毛の影になって現れた紫掛かった虹彩。
焦点の合わないそれが気だるそうな動作で俺を見上げる。かと思えばまた直ぐに瞼に隠れた。
「…ああもう畜生…」
敷くのはいいけど、乗せたら間違いなく機能に物理的不都合が生じると確信した。
初めての朝。
ガユギギは姫が幸せならそれでいいと思うよ。
2006.6.27 わたぐも