「必要ない」
「いいから」
「いらぬ」
「ああもうっ!」


収拾の付かない問答に先に癇癪を起こしたのは相手の方。


「一台よりも二台買うほうが安かったんだよ、職場割引っ!」
「ならば残りはその場に捨て置けばいいだろうが」
「電話してもお前無視で出ないから!だから代わりにこっちにメールを入れるっ!!」


でも基本料金は各自支払えよ!

と、半ば押し付けるように握らされた一台の電話。
少し力を込めるだけで簡単に破壊できるそれは、いつしか。





ワン サイディッド ラヴ?






自覚は案外すんなりと訪れた。



何をするでもない相変わらず依頼は無く、まだ日が高い事務所での午後。

ヒルルカに腰掛ける私の向かい側にガユスの姿は無かった。
しかし本を捲る無機質な音は聞こえる。
特別な意味も無く、ただなんと無しにその姿を探せば窓辺に行き着いた。 暗い事務所内では日の光を直接取り込めるそこが一番明るいからだろう。

見慣れたはずの青い瞳に赤い髪。
白い光を浴びることで、対象的なその二色がいつもに増して映えていて、純粋に綺麗だと思った。


ああ、好きだな、と。


そう思った。
だからわかった。


―――ああ、好きなのだ、と。











夜。
自宅。
帰宅。
鍵を開けて入ったリビングで真っ先に目に付いたのは携帯という名の固定電話。
置き去りにしたそれは暗い部屋の中で今日も懲りずに新着メールを知らせるランプを点灯させていた。

部屋の照明も付けずにソファに腰を下ろす。
少し迷って、それでも卓上に放られた携帯を手に取り画面を開く。
送信してきたのは同僚である赤毛の男。


『事務所名義で家具を買うなっ!』


本文を読まずとも内容がわかる適切な題名。

あの男らしい、と思った。
そして思わず浮かんだ苦笑に更に苦笑する。
だが、彼には珍しいその表情は胸の内に浮かんだ疑問によって直ぐに掻き消される。


「……あの小僧にも、か?」


ラルゴンキン咒式事務所のアルリアンにも。
同じように。


一見したところ犬猿の仲である様に見えるあの二人が実は 酒場でよく飲み交わしている事は知っている。 そしてあの長耳がガユスに気があることも。

ガユスがそれをどう思っているのか、それ以前に気付いているのかすら自分は知らない。
だが、酔い潰れたあの男を迎えに行く度に感じるその隣に誰かがいた気配に気分が悪くなる。
日常は自分がいる、独占しているその場所に。
誰か別の者がいた、ということに。



あの時もそうだった。

先日の仕事で依頼人の元に向かう途中のヴァンの中、 普段通りのくだらない遣り取り、意味の無い言葉の羅列。
しかし何故かそれを心地良いと感じている自分。
その最中に割って入った着信音。


「ギギナ、携帯取ってくれないか。俺の長外套の内、右側」
「さっさと体内通信にすれば良いのだ、煩わしい」
「運転しながらの応答は罰金なんだぞ」
「いつもしているではないか」
「違うぞ、今のは“体外式でも同じだ”と突っ込むべきだ」


言いながら後部座席に投げ出されたガユスの長外套の懐を探る。
そしてすぐに見つかったそれは何かの音楽を流しながら世話しなくランプを点滅させていた。

大きくなった音に差し出される右手、何気ない動作、触れた指先、先程までハンドルを握っていた手は冷たい。
携帯を渡し、冷え性だと思いながら視線を窓の外の風景へと映した。



「なんだ、イーギーか」



そう言ったガユスの声を耳にしたと思った時には既に手が動いていた。

バキリ、と何かが握りつぶされるような乾いた音。
骨の折れる音にも似たそれは自分の手の中から聞こえた。


「…なっ、に…すんだよ、お前っ!」
「……何がだ」
「け・い・た・い!何握り潰してるんだ、しかも俺のっ!」
「運転中の通話は罰金なのだろう」
「いつもしてるっての!」
「なら改めろ」


それだけ言って、またふいと風景へ視線を戻した。
ガユスは未だぎゃあぎゃあと喚いていたような気がしたが聞かなかった。

いや、聞こえなかったのだ。
頭の中に入ってこなかった。

その時自分が起こした行動に混乱していて。





嫉妬。

だったのだろう。
あの時のあの行動の理由は。


出会ってから今までの時間の中で、ガユスの生死に関わる場面では一番近くに自分がいた自信はある。
しかしそれ以外ではどうなのか。

奴が好きらしい球遊び。
昼食の献立は何がいいか。
ちらりと耳にした昔話。
日常への文句と、疑問。
音楽の趣味を話題に振ってきたのは一度だけだったか。
そして恋人であった者の話、など。

そう思うとあの男は用心しているようでいて、しかし自分の情報をお座なり程度にも周囲によく話しているのだと気付く。

それも気に入らない。
そう思う自分もまた気に入らない。


「……気に入らない、か…」


例えば、本を読んでいる時に落ちた前髪を掻き上げる仕草だとか。

酒を飲んだから、と迎えに行けばとろりとした瞳で見上げてきたり。

不用意に近づいてきた相棒に思わず手を伸ばしそうになり、慌てて遠ざけたこともある。

身体を縮こまらせてソファで横になりくしゃみをするから溜息を吐きながら長外套を掛けてやれば気に入らないらしく もぞもぞと動いた。
しかし直ぐに裾を握り締めて名前を呟かれた時には心臓が止まるかと思った。


どんな些細なことであれ、あの男の一挙一動が目に付いて仕方がなかった。
気に入らない、のではなく、気になって仕方が無いのだ。





『やる』
『なんだこれは』
『携帯。見た通り。駄目になったんだよ、俺のは』
『知っている、前回の仕事のときだろう』
『そう、突然お前が俺の携帯引っ手繰って握り潰した、あれ』
『…潰したのではなく潰れたのだ』
『一緒。だからこれが俺用、こっちがお前用』







先程の相棒からのメールは題名だけ見て本文は確認せずに画面を閉じる。
そして携帯を机に戻した。


今日のように凝りもせずにメールを送ってくるのもそうだ。
もう何度目になるかもしれない遣り取り。
しかしこれに自分は一度たりとも返事を返したことが無く、いわばガユスの一方的な行動になっている。

以前、奴がそれについて「何故返信をしない」と怒って問い詰めてきたことがある。
それに対して「面倒だ」と答えたら、強気ながらも少し寂しそうな。
確かに傷付いた色が青い瞳に滲んだ。


電波に乗って送られてくる均一に整った文字は奴の筆跡ではない。

薄い筆跡に少々乱雑な走り書き。
しかし理系の文字にしては整っているその文字は、癖なのか書き終わりはいつも跳ねている。
それならばあの男のものだと認識はできるのかもしれない。
だが。


「…そんなもので満足できる訳が無いだろう…」




声が聞きたくなるから返事をしたくない。



そう言えばあの男は一体どんな顔をするのだろう。

声よりも姿を見たい。
見るだけではなく会いたい。
互いの存在を肯定して受け入れて、それでいて、触れたい。

そうやってひとつ、またひとつと満足する度に、もっと、更に、より、と。
際限なく高くを望むようになるのだろう。

既に、「言葉よりも声が聞きたい」、などと思い始めているあたり馬鹿らしい欲が出ているのだ。 これ以上踏み込めば、いずれはあれを自分だけのものにしないと気が済まなくなるのは目に見えている。


それとも、そうしてしまえば満足するのだろうか。


本意でないことを述べて傷付けたり。
縮めたいのに距離を置いたり。
名を呼ばれる度に息を詰めたり。
不明瞭なくだらない人間関係に嫉妬したり。

そんなことをしなくて済むのだろうか。

わからない。
自分に他人に執着する感情があるなど知らなかった。
記憶にある限り初めてのことで、だから。

―――わからない。




ちらりと放り出した携帯に目を向ける。

想いを交わすには軽いそれを改めて手に取り、先程読むのを放棄したメールの本文を開いてみた。
しかし本文は白紙で、何も書かれていなかった。


「……やってくれるな、ガユス」


そのまま返信画面へ切り替える。
そして何かしら問い返してやろうと思ったが、止めた。
これでまた明日の朝一番に顔を合わせるなり、「何で返信してこないんだよッ!」と、怒鳴る赤毛の相棒を 見るのだろう。

それを思うと何故か自然と笑みが浮かんだが、しかしそれに気付いて直ぐに苦笑に変わった。

ただ、何があっても返事だけはしてやるまい、と、妙な決意だけは変わらずに。











「なぁ」
「煩い長耳」


深夜の酒場に響く声。
客も疎らになったその店のカウンターには二人の青年が座っていた。


「最近一緒に飲む時、お前そーやってずっと携帯眺めてるけどさぁ」
「…んー?」


問い掛けられた青い目の青年は返事も適当に酒を煽る。


「それ、目当ての女待ち、…とか?」
「……まぁ…そんなとこ、だ」


微妙な間の後、曖昧な肯定。
どうやら赤毛の彼もアルリアンの青年同様、片恋の最中らしい。


「メール?」
「…んー」
「それ、いままでどれくらい送ったんだ?」
「…結構」
「返事は?」
「……ゼロ」


少し沈んだ声の調子。どうやら熱烈な片恋らしい。

一生懸命な彼も可愛らしいことこの上ない。
しかし長耳の青年、つまりイーギーにしてみれば面白くないどころか今後の障害になる恐れもある。
つまるところ、彼は現在、錬金術師に心底惚れている。
そんな恋する青年が出した例えは、邪魔な樹は早めに切り倒せ。


「それ、望み無いんじゃね?だからさ、」
「んなことない」


しかし誘い文句に漕ぎ着ける前にぴしゃりと断言で遮断された。


「……そーですか」



一途な貴方も可愛いですとも。


がっくりと項垂れる恋する長耳のお隣で赤毛の青年は酒の追加を頼んでいた。
どうやら今日も夜通し返信を待つらしい。
それで酔い潰れた彼をまた、恋敵であるあの男に迎えに来るよう連絡しなければなら無いのだろう、自分は。


(……まぁ女っつったし、糞ドラッケンが相手じゃないだけマシか…)







エリダナでのある夜。
いまいち踏み込めない自分の思い切りのなさに溜息吐いた恋に悩める青年達がいたとか、いないとか。





ホリイミゾ様からのキリリクでした。
片想い(?)テイスト。?がポイント
目出度くバカップルになったら100題の80.コミュニケーションに繋がる感じで。
ギギナさんは返信が嫌ならとっとと電話すればいいと思います。
あ、あと一体何の罠なのかイーギーが出てきたです。(とんだカオス!)

キリリク、有難うございました!今後ともよろしくです、ホリイさん!(ぺこり)
こちらはリクしてくださったホリイミゾ様のみお持ち帰りOKです。


2005.6.19  わたぐも