そして今宵も愉快と九官鳥は鳴く





「ばーか」

「ばーかばーかばーかばーか」

「ギギナのばーか」

「ギギナのばかぁー」



ここに来てから一体、どれ程の時間が経過したのだろう。
溜息を吐きたいのは山々、しかしそれをすれば相手の機嫌が悪くなるのは、過去の経験から学習済み。
口下手な己は、只々只々耐えて待つしかない。何を待っているのかは、当の剣舞士にもわからない。


「ギギナのばーか」


この場で押し倒したい衝動を進行形で衝動に留めている己は、実は抑制心が強いタイプであったのだと新発見。

自分が相棒を引き取りに酒場に現れてから現在まで、どれ程の時間が経ったかはわからない。
だが現在までガユスは休むことなく只管に「ギギナのばーか」と連呼していた。
今まで眼鏡の台座か何かだと思っていたこれは、実は九官鳥だったらしい。一瞬前まで己が見ていた世界が信じらなくなった時間をどれだけ過ごしたのかは、繰り返すが、わからない。

そして遂に体力自慢の前衛らしくもない、疲労の滲んだ声が漏れた。


「‥‥‥わかった、私が悪かった。理由も意味も因果も原因も無いが、私が悪かったことにしてやる。 その行動の動機も、脇の二人に何を吹き込まれたかもこの際、不問だ。だからどうすれば貴様はその九官鳥の真似事と座り込みを中止し、その席から離れて事務所へ帰る気になる、いや、なってくれるのだ?」


普段のドラッケンを思えばあるまじき程の低姿勢。
昼間の高慢振りが影をも見せないこの変貌振りを、敵事務所の女咒式士に面白がられているだけだという自覚はある。けれど酔った我侭な相棒に頭が上がらない己が現実。
そんな「ヘ」から始まる人種の己を迎えたのは、アルコホルの効果で昼より血色の良くなった満面の笑み。


「好きって言って」

「‥‥なに?」

「ガユスが好きって言って。おまえが一番だって言って。大好きって言って」


秒単位にいや増す、周囲の視線。
息を呑む店内。
止まった客のオーダー。
鳴らないウェイターの足音。
磨かれないバーテンダーの手の陶杯。
今この瞬間、時間が止まった。

そして下されるドラッケンの決断。


「‥‥言えぬ」


真っ直ぐに見上げてくる無垢の碧眼。
屈強な筈のドラッケンが耐えられない、というように視線を逸らす。


「‥‥言えないの?」

「済まぬ。けれどそれだけは、口が裂けようとも言えぬのだ」

「‥‥そっか‥」


しゅん、と萎れた表情。

隣でアルリアンの小僧が、「例えるならば、『好きな玩具を買ってやろう』と言われた子どもと言った親の行く末は、空飛ぶ飛行機inショーケース」などとほざいているが、今の自分はそれどころではない。
赤毛の男の一挙一動に煽られ、振り回されている自覚はあるが、それももう今更だった。


「ガユス、他の言葉にしろ」


アルリアンが今度は、「例えるならば、ラジコン無理でもミニ四駆」とほざくが再度無視する。


「他の言葉なら何とでも言ってやる」


そう言ったときの己は、心底焦った情けない男であったに違いない。
現に敵事務所の女咒式士は、既に人語ではない奇声を発しながら、しきりに映写機のシャッターを切っていた。

けれど、それを咎めるに回せる気など残っていない。
曇らせてしまった恋人の表情を晴らせることに必死。
そして、しゅんと項垂れ泣き出しそうだった青い瞳がぱっと明るく晴れ上がっただけで、詰まりそうだった息が難なく吐き出せる。


開かれる酒に濡れた口唇。
酒場の客衆の視線は、発せられる言葉に左右される二人の行く末に、銀の双眸は幼く無邪気に笑う恋人の笑顔に釘付けになった。



「あいしてる、って、言って」




誰の、とは言わないが。
強靭な両足は床に縫い付けられた。







多分全部ジャベ姐の入れ知恵

五万打記念の甘くなり損ない。(ギャグになった)
ホリイさん、リクを生かせずすみません‥!(土下座)(必ずやリベンジします‥!)


2006.10.22  わたぐも