「ガユス」




窓から差し込む光が眩しく寝返りを打てば、何度聞いても飽く事の無い全ての者を魅了する 鋼の声がまだ覚醒し切らない俺の耳に届いた。






流れるものは塞き止まらずに






目が覚めるか覚めないかの瀬戸際。
ふわふわとして軽い自分の体。
体温の移った毛布の重みはしっとりとして心地よい。

その感覚は俺を再び夢の中へと誘い込む。



「ガユス」



しかしその誘惑も、鳥の囀りを背に俺を現実へと引き戻す美声には及ばない。



「………ん…」



寝ぼけ眼を擦りながら痛みと気だるさの残る体を起こせば、頬にそっとギギナの手が添えられた。
頬から伝わるその体温は毛布よりも柔らかく温か。



「…………ギギナ…おはよ……」



隣に横たわる相棒の口からは朝の挨拶一つも零れはしないし、その表情には朝の爽やかさすら浮かびはしない。
代わりに普段の態度からは想像も出来ない程優しい手つきでくしゃりと俺の髪を掻き回した。
その感触がくすぐったくて身動ぎすれば、閉じた瞳の向こうでギギナが微笑った気配がした。

うっすらと開いた視界に広がるのは窓から差し込む朝日すら霞む程に眩く輝く銀の奔流。



(………きれい………)



普段から散々見慣れているはずのその光景に対して浮かんだのはそんな素直な感想。

どうしてもそれに触りたくなった俺は重い腕をのろのろと伸ばすが、手首を掴まれそのまま寝台に押し倒された。
そして昨夜とは違う優しい口付けが降りてくる。



「……なーに朝っぱらから盛ってんだ、発情ドラッケン」

「誘ったのは貴様だろう?」

「いつ俺が誘ったよ」



ただ、お前の髪に触りたかっただけだよ。


起き抜けの俺の口からは普段の悪態も、抵抗の言葉も出てこない。
それを了承とでも取ったのか。
ギギナの赤い唇が俺の肌を辿り、それに合わせて銀糸が俺の肌を擽る。
その感覚に思わず上ずった甘い声を上げれば肌から伝わるのは満足げな微笑の吐息。



「……ギギナって、さ…」

「…何だ」



興味無さそうに装いながらも律儀に相槌を打つお前。
その間にも動きが止まるわけではないけども。



「髪―――…綺麗だよな…」



話題に興味を持ったのか、それともただの気まぐれか。
肌を這っていた美姫の唇は動きを止め、万人を魅了する美貌が俺の顔を覗き込む。
秀麗な面を縁取る銀糸が俺の顔に流れるように降り注ぐ。



「…雨……違う…川……いや、滝」

「?」

「力強く流れ続けて…止まらずに、止まれずに、ずっと……お前みたいだろ?」



塞き止めるのも一苦労だし、と笑って付け足せば鼻で笑って返された。



「それは誉め言葉か?」

「多分」

「珍しくも口説き文句というわけか」

「まだ寝ぼけてるのかも」

「なら貴様の髪は赤土混じりで沼底に溜まった泥水だな」



せっかく人が褒めてやったのに、返ってきたのはあまりの言い草。

憮然とした表情と共に「最悪」と言う筈だったのに。



「…ガユス?」



妙に、納得してしまった。

過去に囚われいつまでも前に踏み出すことの出来ない俺。
そんな俺のいるそこはきっと光の届かない暗闇にも似たところ。
ぬかるんだ泥に足を取られ、身を動かすこともままならない沼底なのかもしれない。



「ガユス?」

「……そうかも」



迷い無く流れ、進み続ける誇り高いお前。

躊躇ばかりで留まり、やがては濁ってゆく俺。



「そうかも」



消え入りそうな呟きと共に自嘲気味な笑みが零れる。

滝も沼も元は同じ水。
しかし元が同じでもそこからの動きが違えば最終的に全くの別物になる。


だからきっと、俺とお前の行き着く先も多分全く違う場所。


そのまま思考に沈みかけた時。
不意に何か柔らかな物が触れ、そしてすぐに離れていった。



「訂正だ」

「え?」



声につられて顔を上げれば俺を見つめる瞳とぶつかる。
迷い無く、常に前を見据える鋼の双眸。

その視線に耐え切れず顔を背けようとした時、白く細い指が俺の赤銅色の髪を掬った。



「―――ギ」

「泥水よりも適切な表現があった」



…あぁ、さっきの話の続きね。



「…何だよ?」

「貴様の髪色は〈竜〉や〈異貌のものども〉を斬った時にその身の内より零れる内臓と共に噴出す鮮血に酷似している」

「い、いや、最悪だろそれ」



内臓とか鮮血とか言われても全く以って嬉しくないし。
というか、嫌だ。
はっきり言って泥水の方が遥かにマシ。



「血は嫌いではない」



そう言って、ギギナは俺の髪に顔を埋めた。
流れるようなギギナの銀糸と俺の少し硬めの髪が絡み合う。

血の色なんかに喩えられて「好きだ」と言われても嬉しくなんか無い。
というか、嬉しかったら変態みたいだ。

なのに「鏡見て吐きそうになったらギギナのせいだからな」なんて言えなくなった。
むしろ赤くなりそう。

伝わる体温と降りかかる吐息に安堵している。



「満足か?」



俺の葛藤を感じ取ったのか、笑いの乗った問いが投げかけられる。

昔よりも短くなったギギナの髪。
しかしそれは昔と変わらず柔らかで、眩しく輝きながら俺の頬を掠めて流れていった。



「……サイアクだ」



消え入りそうな呟きと共に、また笑みが零れた。






1000打御礼企画のギギガユ甘々でした。
しかし甘いのは最初だけですね。
しかも途中シリアス入りましたね。何故だろう?(悩)
皆様のお気に召したら幸いです。

こちらはフリー配布です。
報告は特に無くて構いませんのでご自由にお持ち帰りください。
…あ、後書きは消してやってください。(笑)

05.3.16  わたぐも