扉を開けるとそこは嬉々として家具に賛辞を贈るドラッケンの振り撒く黄色いオーラ渦巻く奇怪な世界でした。







言の葉よりも確かな証






甥らしい棚に向かってその側面が隆々としていて逞しいだの。

姪らしい机に向かってその表面が絹のように滑らかだの。


出勤朝一、アシュレイ・ブフ&ソレル咒式事務所応接室では既に礼拝の<クドゥー>を終えたらしいギギナが 板やら釘やらから成る非生物に対してくどくどと口説き文句を並べていると言う非現実的世界が広がっていた。
しかし悲しいかな、精神的に問題大アリ突っ込みどころ満載なこの光景はここでは日常茶飯事。
そして俺がこの光景を目にする度に始まるこの会話もまた日常茶飯事。



「おい、ギギナ」

「そしてヒルルカ。その脚線はやはり」

「聞け」



そしてギギナが俺を無視して家具を口説き続けるのもやはり日常茶飯事なので手近にあった紙束を投げ付けた。
今投擲したそれが領収書の束だなんて言わない。言えない。

しかしギギナは軽く首を捻っただけでその強襲を回避。
また流れ弾を受けないよう奴の血族もすかさず移動させている。


その流れるような動作が優雅に映るのは今のこの陽気な季節のせいか、己の視力が低下したのか、それとも惚れた弱みだったのか。


しかしどれにしろ腹立たしいこと違いない。
追撃すべく更に手近にあった紙束を掴み投げる―――動作に入り気が付いた。

俺の手中に収まるは先程と同種の紙束。
違うのはそこに書かれた日付と金額。

俺が最後に帳簿開いたのが一昨日。
紙束に記された日付は一昨日と昨日。
そして極めつけは俺とこの紙束が今日、今、この瞬間、運命的な出会いを果たしたのだという事実。



「……おい」



無感情な俺の呼びかけに滑らかに家具への賛辞を紡いでいたドラッケンの舌がびたりとその動きを止める。



「足し引きさえまともに出来んらしい可哀相なお頭しか持たんお前には酷かもしれんが敢えて聞こう。 今月お前が新たに迎え入れた親戚どもと共に連れ込んだこの意味不明にゼロが並んだ紙切れの枚数は?」

「……………五枚……」



普段からは想像も付かない程の小声でギギナがボソリと答える。



「では引き続いて問題だ。今月に入ってから俺たちがこなした仕事の数は?」

「………」



今度は黙り込んで答えない。
微動だにしないしこちらに背を向けたまま目線すら合わせようとしない。
俺からは見えないがあの鋼の意思を宿す冷たい瞳は今現在十中八九、泳いでいるに違いない。

つまりかなり焦っている。

都合が悪いなら適当に誤魔化すなりはぐらかすなり、それこそお得意の力技でねじ伏せたり。
何かしら方法はあるはずなのにこういう時のギギナはいつもこうだ。
そこは素直が成せる業なのか、あるいは単に馬鹿なのか、それともやはり馬鹿なのかは判断しがたいものだが。
しかしだからといって見逃してやる程今の俺は慈悲深くは無い。



「か・ず・は?」



俺は再度畳み掛けるように問う。
いかに愛しかろうとも罪人には裁きを与えなければならないのだ。



「………………………………ぜろ」

「わかってんなら無駄に家具を増やすなこの家具及び咒式馬鹿ッ!今月はまだ収入が無ぇのに何でローン組んで来るんだよ!?」



俺の正義の炎を宿した怒声が事務所内に爽快に響き渡る。
その剣幕がどれ程のものか俺には測定出来ない。
しかし某枢機卿お抱えの十二翼将や<大渦つ式>、また<竜>を前にしても決して怯むことなくむしろ 至上の喜びとばかりに立ち向かうギギナが、慌てて振り向き必死に俺を宥めようと努力しだす様から察するに 相当の物であると予想できる。



「落ち着けガユス。今日の日付は三日。つまり今月が始まってからまだ三日しか経過していない」

「三日しか経ってないのになんで家具が五つも増えてんだ!有り得ないだろこのペース! 何だ、家具や咒式具は実は日常生活には欠かせない必須消耗品か!?」



阿呆の子であるギギナの口からは相変わらず逆効果の言葉しか出てこない。
ギギナを見ていると思わずギギナ暗殺計画第伍拾参號を実行したくなってくる
だがそれ以前に奴を視界に入れたくないので先程凶器になり損ねた手元の領収書に視線を落とす。



「…あーもー…どうすんだよこの支払い…」



なんたってゼロの数が半端じゃない。
なんで五つもゼロ横に四つきちんと並んで整列してるんだ。あと四枚もあるし。
しかもこの領収書の発行元、前回返品を受け付けなかったあの糞ったれな店主のいる糞ったれな店じゃねぇかよ。
やっぱ払うのか?払わなきゃならんのか?
金無いのに?



「仕事を取ってくれば」

「そりゃぁ効果的な方法だ。仕事をこなしたその瞬間にこの紙切れを増やす神の所業を代行する輩がこの事務所に存在しないならな」



建設的だが己の習性を考慮していない為やはり阿呆としか言いようの無い意見を提示したギギナを一睨みすれば 睨まれた本人は立掛けていたネレトーを態と倒して拾うふりをした。
それについて文句を言うのも馬鹿らしくなり盛大な溜息をつきソファに乱暴に腰を落とせば埃が舞う。

ギギナの持病ともいえる限度知らずな出費せいで月初めから早速自殺したくなってきた。
あまりに下らない要因なので辛うじて実行には移さず済んだが。

そしてギギナは現在既に何の弁明もせずに正座し黙している。
単純だが俺の神経を逆撫でするよりは遥かにマシだ。



「……せめて一日一個にするとかしろよ…」



それは怒鳴るだけ怒鳴りギギナも大人しい為、ようやく頭が冷えてきた頃にこぼれた得に意味を持たない呟きだった。
しかしそれを耳にしたギギナは止せばいいのに正座したまま自ら地雷を踏みに来た。



「一日一人なら良いのか?」



家具に対して一人とか言う病的発言をするな。
事務所内では今後一切擬人法を用いることも禁止する。

そして反省の色を含まない嬉々とした響きの隠れたその声に俺は初めて神経の焼ききれる音というものを聞いた。



「いいわけあるかこの阿呆がッ!!事務所で家具と結ばれない高貴な愛について語って悲観、世を儚んでその後 一家心中でもしてやがれッ!!!」




罪無き扉が俺の判決に壮絶な悲鳴を上げて本日の裁判は閉廷を迎えた。













あれから何時間経ったかは知らないがここは近所の公園。

今日は天気が良いから噴水に虹の橋が架かっていたり。

ベンチ後ろの木々の間から射す木漏れ日が案外心地よかったり。

少し離れたところで子供の落としたスナック菓子を鳩が突付いてその鳩をまた子供が追い掛け回していたり。



「…あー…」



平和だ。
事務所内の騒音も喧騒もここには遥か縁遠い。
更にところ構わず襲ってくる室内外両用色魔がいないので欠伸だってうたた寝だって安心して出来る。

そう、つまりギギナがいないというだけで俺の世界は完全平和の揺ぎ無き秩序が保たれる。素晴らしい。



「……あ゛ー…」



そう確かに素晴らしい。
だが俺の心中渦巻く不機嫌の嵐は未だ治まる気配を見せない。



「………あー?」



ベンチにもたれ背伸びをしたまま首を傾げると一組のカップルらしき男女が目に入った。
見た目喧嘩中―――といっても女の方が一方的に喚き散らしているだけのような気もするが、 なにしろその叫び声が半端じゃないのでよく聞こえる。


男が浮気した。


ありがちな喧嘩話。

一度や二度の浮気でそんなに喚かなくても、と思う。
俺のところなんかエリダナ中の女をとっかえひっかえ年中浮気、人ならず椅子に愛を語るという 意味不明なオプションが付いたその正体は動く借金製造機。
その他俺に対して働く主な機能といえば周辺機器のネレトーから繰り出される斬撃。



『実家に帰る』



そう女が叫んだ。
やり直したいなら迎えに来い、と。




―――例えばの話。


もしそう俺が言ったなら。




「……ギギナは俺を迎えに着たりすんのかな…」




もし来てくれてのならばきっとそれはまだ己が必要とされている何より確かな証。
言葉よりも何よりも行動で示すあいつだから何より確かな証明になる。




「………うーわぁ…」



乙女チックにも程がある思考と思わず漏れた呟きに全身が泡立った。
誇り高く強さを求めて歩むあの男に限ってそんなことあるわけが無い。
あったらまず知恵熱を疑え。
議題に挙げることすら無価値。
期待するだけ無意味。




…………期待?




飛び出た謎単語について検討しようとしたその時。
公園の砂を踏み締める聞き慣れた足音を聴覚が。
虹の橋は架からなくても流水の如き清らかさを纏った銀髪を知覚眼鏡が感知した。



「携帯電話の電源を切っておくな馬鹿者」

「待機電力すら惜しまざるをえない経済状況なんだようちの事務所は誰かさんのせいで」



相変わらずベンチにもたれたまま俺は先程まで喧嘩話で賑わっていた方角を向いている。
既にあの男女の姿は無かった。



「…こんなところで何をしている」



俺が視線を合わせないことが気に入らないのかギギナの言葉は不機嫌そうで控えめだ。



「……家出?」



なんとなく口を付いて出た言葉にギギナが何故か眉を寄せたのがわかった。
というか俺のほうこそ聞きたい。
お前こそこんなところに何しに来たんだって。



「事務所近くのこの公園に、か?」

「だって」



別に行きたい所も行くべき場所も無い。
さっきは例えてみたが喚き散らしたあの女のように実家なんて論外だ。
俺にとって冷えた思い出しかないあの場所に何を求める?
向こうだって俺に何も求めないだろうに。

過去を見つめることは出来るようになっても受け止める勇気や切り捨てる強さは俺には無い。



元々重く気まずかった空気が俺が黙り込んだことによって更に濃度を増す。

しかしその沈黙を破ったのは珍しくもギギナだった。




「……貴様がいないと一家心中が出来んことに気が付いた」

「―――は?」




躊躇いがちの呟きに俺は思わず顔を上げた。
その科白の意味が理解できずぽかんと見上げているとギギナは気まずそうにぎこちなく顔を逸らした。

ギギナの冗談は何の捻りも無く下らないものばかり。
笑うところが見つからず面白くもなんとも無い。


なのに気付けば俺は笑い出していた。



「……何が可笑しい」

「…だっ…だっておま……!」



腹を抱えて笑い出した俺に憮然とした表情でギギナが問う。



「…な、なんで俺がお前の心中計画に巻き込まれなきゃならんだよ…!」

「…貴様が言い出したことだろうが」



それにさっきの言い方じゃあまるで。



「貴様いい加減に―――」

「あーつまりあれか」



ギギナの言葉を遮り未だ尾の引く笑いを俺は無理矢理意地の悪い嗤みに変える。



「お前は俺が必要なんだろ?」

「………眼鏡の土台の癖に調子に乗るな」



不機嫌そうに言い捨てたギギナは笑いすぎで腹筋の攣り始めた俺を慣れた動作で肩に担いで歩き始めた。
その肩から伝わる体温に朧げながら酒場からの帰り道が浮かぶ。



(―――あぁ、そうか―――)




ふらりといなくなった俺をお前が迎えに来るのは日常茶飯事―――それにふと気付いてしまった。









「…なぁ」



俺を担いだまま事務所に戻ったギギナの白い手が扉の取っ手に掛かった時、声を掛けた。



「何だ」

「お前、俺の携帯に何回連絡入れたんだよ?」

「………うるさい」



そしていきなり床に落とされた。



「痛っ…あ、おい、待てギギナっ!」



途切れてしまった馴染みの体温を追って俺は取っ手に手を掛けた。






扉を開ければそこは相変わらず溢れた家具にギギナが嬉しそうに帰宅の言葉を投げかける奇怪な世界。


しかしその肩越しに見える彼の耳が赤く染まって見えたのは窓から差し込む沈みかけた日のせいか俺の視力が低下したのか―――

それとも惚れた弱みだったのか。






はにーこむ様からのキリリク『家出ガユスの浪漫譚』でした。(違)
なんだかギギナがヘタレ調、そしてガユスがあまり受っぽくない仕上がりに。
ガユ受スキーと仰っていたのに申し訳ない…!(汗)

キリリク有難うございました!
こちらはリクしてくださったはにーこむ様のみお持ち帰りOKです。


05.4.23  わたぐも