【1.断じて手は出してないよ、手はね】


毎度毎度て険悪なのは重々承知。その癖、酒場からの一報受ければこうしてすっ飛んでやってくる過保護振り、を見せ付けられてはどうにもこうにも『仕事の相棒』というだけの関係と言い張られても受け取りがたいものがあるのが第三者視点の見解。
そしてそれは今夜も変わらぬこいつら二人の関係性。


「おまえらって、やっぱガチなわけ?」


呆れた調子、酒代会計は全部俺持ち。
押し付けられるのはもう慣れたけど、この疑問だけは時が経つほど深みに嵌る。


「ガチ?何を言っている?」
「だーからぁー」
「ガユスを抱いたかどうか、ということか?」


わかってんじゃねぇかこの野郎。
思わず余計なことを口走りそうになったが黙って続きを促すに留める。
女が喜ぶらしいこの手の話題、男の俺が聞くとなれば心中複雑なのは否めない。
心なし、緊張する。


「下種の勘ぐりだな」


しかしドラッケン族の美貌に浮かんだのは不愉快の感情。
その勢いのまま、ギギナは吐き捨てるように宣った。


「断じて、手など出していない」


偽りないその宣言にイーギーほっと胸をなで下ろす。
そうだよな。いくらこのドラッケンが節操無しとはいえども男に手を出すわけがない。
先程、酔い任せにガユスが喚いた貞操の危機の訴えも神経過敏のフィルター越しの幻覚だ。
良かった良かった、これでガユスの帰路を安心してギギナに任せられる。持って帰らせてお持ち帰り、とか洒落にならない。後味悪いだろ。


「そうだよなー。じゃ、こいつ」
「不本意にも口付け止まりだ」
「頼めねえぇぇ!!」


「手ではない。口だ」「わかった!わかったから繰り返すな!」「あと舌」「消えろおまえ!ルップフェット!」





【2.語り合おうじゃないか穏便に】


「何この状況」


台所。生クリームとケチャップ。白と赤が混濁し散乱した状況。
包丁はまな板に突き刺さってそれはさながら墓標の如く。コンロにおける現状中継は妨害電波で受信不可。
「目玉焼きだ」とギギナが宣言した食べ物は黒こげ、ではなく緑と紫の斑模様が脈打っている。何故。
そして極めつけ。


「貴様が朝食を用意しないのが悪い」


ドラッケンはあくまで悪びれた風もなく堂々と。


「―――へぇ」


していたが、しまった、と思う。がもう遅い。
焦るのは手遅れだから、そして手遅れだから焦るのだ。
朝は駄目。朝は駄目だ。朝のガユスの機嫌は金銭関係での不機嫌具合など訳無いほどに低空飛行。
正直逃げたい。敵前逃亡など知ったことか。
そう、台所の通路をガユスが塞いでさえいなければギギナは絶対逃げ出した。


「ま、待てガユス!落ち着け!話し合おう!話せば」
「わかるなら凶器はいらないよな!!」


君に振り向いてほしくって





【3.なんでそうなる?】


「えへ、来ちゃった☆」
「帰れ」

そしてギギナは光の速度で自宅の玄関扉を閉める。ガユスはそれを阻止しない。物理的には。


「つれないこと言うなよなぁ、ギギナ!ドラッケン族らしい極悪極まりないこの仕打ち!やっぱり俺のことは遊びだったんだ!夜な夜なあんなに激しく愛し合った仲、」
「入れ!!」


正しくはギギナがガユスを自宅に引きずり込んだ形。荒々しい音を立てて玄関扉が閉まる。
脱力するギギナを後目にガユスがカチャンと錠をかける。


「いやん、強引」
「‥‥‥‥何のつもりだ貴様‥」


ガユスの声は男のそれより若干高め、しかし女よりは低めである為、叫ばれると壁をよく通るのだ。女関係ならまだしも男との痴情のもつれを近所に知られるのは勘弁だった。‥‥まだ手も出せていないのに。


「だから、来ちゃったの」
「‥‥絞め殺されたいか‥」
「明日の朝刊載るかもな」


笑顔のガユスを前にそれ以上何も言えなくなる。
ガユスの癖に脅迫とは良い度胸。いつからそんな態度に出られるほど己の地位を上げたというのだ。


「そんなことよりさぁ」


と、思いはすれども、どうにもこうにも分が悪い。
饒舌の徒、会話に関してはある意味で師とも言えなくも無いガユス相手にギギナが勝てるはずが無い。
負け戦と勝てない戦は違うのだ。
いい訳染みた解釈とは既に仲良しこ良しの関係だった。


「晩飯は?」
「‥‥まだ」
「じゃあ作ってやるよ」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥何?」


台所借りるよー。
ギギナの疑問も置き去りに、ガユスは下げていたビニル袋と一緒に部屋の奥へと消えていった。
数秒後、鍋が無い!という叫びが聞こえたが、ギギナはそれどころではなかった。
何故、夕食?


「―――‥毒殺?」



しかし翌日、朝刊に載るような醜聞はどっちの意味でも起こらなかった。


人恋しい夜もある





【4.これだけは言っとく】


「俺はおまえが大っ嫌いだ」
「‥応」


嗚呼、そんな傷ついた顔して可愛いの。
それくらいなんでもない、と嘯く強がりだって愛しくってたまらない。


「ギギナ」


傷つく言葉しか貰えないってわかってて、なんでおまえは振り向くかな?
ちゃんとわかってんだろう?
どんなに優しい声音で呼びかけようとも、所詮、俺が嘘吐きだってことくらい。


「ダイッキライ」


だからこの一言だけは伝えておくよ。


俺の口が物言わぬようになる日まで。





【5.あの名台詞が言いたくて】


バサリ、と見覚えのある黒い翼が羽ばたきした。


「‥‥おい」
「なんだ」
「そこは扉ではなく、窓なんだが?」
「知っている」
「なら何でおまえはそこから入ろうとする」
「決まっている」

「愛の翼で飛び越える為だ」
「死ね」


バン、と窓を閉め切った。
恨めしそうなギギナの顔。
笑いかける俺。


「まずは名前と家柄、あと家具を捨てるところから始めなよ」


愛しい愛しい君の為に





【6.ロンリーロンリー だけど君の名は死んでも呼ばない】


独り隠れて泣きじゃくった涙の痕が痛々しい


「安心しろ」


いつか死ぬ時、貴様の名だけは決して呼ばない
私独りで歩んで逝くから、貴様は気負うことなく生きて往け


重荷がなければ生きれるだろう?





【7.俺を許すのはお前の役目】


「ギギナのばかー。あほー。しねー。ばかっ!」


酒場からの帰路の末たどり着いたのは一番近い隠れ家。
何の重みもない身体から吐かれる言葉はかなり痛い。


「ギーギナぁー」
「‥‥なんだ」


寝台に横たえた相棒は、とろんとした瞳でギギナを招く。
また刺さる言葉の猛襲か。
諦め心地で腰を下ろして視線を合わせる。


「あのねぇー」
「‥‥ああ」
「だいすきー」
「―――‥」


‥‥嗚呼、もう、どうして。

お預けを喰らう自分は一体何時になったら「待て」の令を解かれるのだろう。
許可がなければ何も出来ない、強硬な手段も使えぬ己はほとほと甲斐性がない男であるとの自覚はある。
どうにも自制が効かなくなって、一度だけ、その場の勢いで唇を奪ったことがある。
小気味良く頬を弾ぜられた音。あの時は頬より相手の驚愕した顔が痛かった。

嫌われたのは間違いない。現に何度も嫌いと言われた。
それが辛いのならばさっさと諦めればよいものを、こうして偶に与えられる好意が手離せない。
ハイリスクノーリターン。
割合的にはほぼそれだ。一割だって与えられない。わかってる。
‥‥わかって、いるのに。

『あのねぇー、だいすきー』

そうやって、時に思いついたように与える愛情で私を縛る。


「‥‥‥貴様は卑怯だ‥」


何時になったら踏み込むことを許されるのだろうかと、朝日を見ながら途方に暮れた。



光が差し込む。
しかしこの場は闇ではない。

絶望は、ない。


相棒でいられる間の日々の葛藤。


(write  07.09.15)