我がアシュレイ・ブフ&ソレル咒式事務所が抱える咒式士はその名の通り2人――――いや、1人と1匹。
内訳は健全・善良・笑顔溢れる爽やかな青年と、何を間違ったか人界に迷い込んだ危険思考よろしくな戦闘愛好家。

そう、1人と1匹だ。
都合2体。

そしてここで問題。
さして広くも無いこの事務所のテーブルに並ぶ12人前は軽く超えるだろうこれらの昼食はなーんだ?






68.食事中







「お前さ、もう少し味わって食べるとかないわけ?」


俺の持病とも言えるおしゃべり癖が発動。
だがその標的に選ばれた男は返事も返さず一心不乱に食事を口に運んでいる。
否、掻き込んでいる。
…おい、こら、手掴みで食うな。フォークとナイフは机の装飾品じゃ無いんだぞ?

今のギギナを例えるなら「欠食児童」。
一般人がやれば品の無い食べ方。

―――なのだが。


(…同じ動作でもギギナがやったら優雅に見えるから不思議…)


ギギナ七不思議どころか世界七不思議に入れてもいいと思う。
モアイ像もびっくり、ミステリーサークルだってギギナの前衛的署名には敵わない。
いっそギギナ自体を七不思議に入れるか。


しょうも無いことをつらつらと考えていた俺の意識はテーブルの上に移る。
見ればあれほどあった昼食はもう半分も残っていない。


(…ギギナさん…まだ昼食開始から10分と経っていませんよー?)


というか、きっと5分も経ってない。
食事も夜も手が早い。
どっちもギギナにとっては食事なんだろうけど。
そして食事における獰猛さも一緒。

まぁ何にしろ、こうまで勢いよく食べられれば作ったほうとしては悪い気はしない。
むしろ嬉しい。


しかもそれが自分にとって言いたくないけど特別な関係にある人ならば尚のこと。


「ギギナ様直々に“食べたい”と申された俺の料理はいかがなもので?」

「……眼鏡のおまけにしては、悪くは無い」


愛想の一分子も無しにぼそりと呟かれる返事。
しかし俺の口の端は綻んでいた。


「食事中に何を笑っている。貴様の頭の中には“食事に関するマナー”という項目は無いとみえる」

「手掴みで食うお前が言うな。そしてこれは食事を和やかなものにするための微笑だ」


普段ならこれにあと二、三は憎まれ口でも付けて返してやるところだが、今日は現状報告に留めておいてやる。

食事を再開したギギナの瞳がどことなく嬉しそうだったから。

いつもと違う色を宿したドラッケンの瞳。
いつもそうならいいのに、と思ったがそんなギギナはギギナでないので取り消し。


そして俺の視線はギギナの口元に移動する。


「ギギナ、口元に米付いてる」


俺の指摘にギギナは食事の手を休めて、その白い指を口元に這わした。


「違う、逆」

「…?」


敵の気配は寝てても分るくせに、米の気配は目を開けていても分らんようだ。
ギギナの指先は未だ米粒を見つけられずに彷徨っている。
頭上に疑問符を浮かべながら米粒を探す今のこの男には戦闘時の獰猛さなど微塵も無い。
やはり自然と笑みが零れる。


「ここだよ」


俺は身を乗り出し、手を伸ばした。


「…うん、さすが俺。美味い」


自分の料理に自画自賛。
でも本当に美味しいんだから仕方ない。


「……」

「…ギギナ?」


気づけばドラッケンが固まっている。
その表情は、唖然。


「どした?」

「……貴様、今のは態とか?」

「はぁ?」


“今の”ってどれが?
“態と”ってなにが?

ギギナその問いの答えを見出すべく今の行動を反芻する俺をギギナはしばらく眺めていたが、諦めたようにため息をついた。


「……それよりガユスよ」

「ん、何?」

「貴様の口元にも食べかすが付いているが?」

「え、マジ?」


今度は俺の指が彷徨う。


「え、どこ?ここ?」

「違う」

「どこだよ?」

「…ここだ」

「だからど、」




優雅な欠食児童は出した覚えの無い食事に手をつけた。





食事中ではなく食事開始。


05.2.10  わたぐも