43.イルム王
王様の親の親のそのまた親の、ずっと祖先の初代の王様。
国を建てる為に彼が理想を描いて必死こいて走り回ったのか。
それとも運命がするすると手繰り寄せて引き寄せたのか。
もしかして私欲の限りにやりたい放題だったのか。
そんなことは知らないし、どんな歴史書にも載っていない。
わかっているのは結果出来上がった関係に、仰々しい国名を付けたら名付け親は立派な偉人、つまり王様へと早変わりしたことだけ。
国家の中身は昨日と同じ凡人なのに。
偉人の中身は一瞬前と同じ人柄なのに。
自分にとって重要なものに名前を付けたその瞬間から。
彼は王と呼ばれ、世界は何も変わってないのに何もかもが変わるんだ。
「俺も偉人になろうかなぁ」
読み終わった朝刊を机の端に足で押しやっていたら床に落とした。拾うのは面倒なのでそのまま放置。
することが無くなった。
かといって領収書の整理はしたくない。
収入支出の計算もしたくないし、その理由も言いたくない。
相棒のギギナといえば俺の呟きなんか聞いて聞かぬ振り。
何をしているのかといえば趣味の家具製作に命を掛けている。
どうも昨夜から不眠不休の難産らしい。無事生まれたら生まれたで苦労するのは俺だからそのままギギナ諸共全部まとめて臨終すればいいと思う。
「それで本でも書いたらベストセラーになって印税がっぽがっぽ。ついでに綺麗なお姉さんもえっほえっほで華やかな日常こんにちは」
背中で皮と布が擦れる音。
足元で木材に釘が食い込む音。など。
俺の声も含めた下らない音ばかりがこだまする。
鐘を呼ぶ音、不幸を運ぶ音、ギギナが喜ぶ殺戮音や一般市民の醜音、これら称して呼び鈴は鳴らない。
ああ、退屈。
「でもまずその為の研究をしようにも対象も資金も無いから取り敢えず死んできてギギナ」
つまらないと思うと話の流れを強制的にギギナへと繋げようとする。
もう癖になってしまったこの行動に名前を付けるならなんだろう。
いくら考えても「厭がらせ」と「臆病者」という単語しか出てこない。
うん、だって知ってるから。
お前がそれを厭がってるのも嫌ってるのも。
なんて詰まらない退屈な、なんで変わらない日々。
「ガユスよ」
「…んー?」
いつからかはわからないけどいつの間にかギギナの手が止まっていた。
ちらりと見やればこじんまりとした小棚が完成している。
今度はなんて名前をつけるんだろう。
「そんなに偉人になりたいのならば私が手伝ってやろう」
「いらない」
自分から振っておいてなんだそりゃ、と俺自身に突っ込んだ。
「実は私は今し方手が空いてな。なに、それしきの事我が手を煩わせるまでも無いから遠慮をするな」
「鼓膜で栓が出来てない耳の穴フル活用してよく聞け、い・ら・ん」
いい笑顔だね、ギギナ君。
しまった、家具完成の勢いでギギナの機嫌が限界値で良い。良すぎる。もう直ぐメーターが振り切れそうだ、いい方向に。
こんな時のギギナは俺に絡むのを辞めない。目的は主に家具家具家具。ひたすらひたすら家具の自慢話ばかりする。この前は新たに生まれた家具の名前を徹夜で一緒に考えさせられた。
…なんか、馬鹿みたいな光景。
「どーせお前のことだ、『死ねば眼鏡でも偉人どころか神器になれる』とか言って三秒後には屠竜刀が俺目掛けて走ってくるに決ま、」
屠竜刀が走ってくる代わりに、ギギナが俺の方に歩いてきて。
横なぎの一閃が繋がった胴を切り離す代わりに、降ってきた唇が開いていた口を塞いだ。
…本当、バカみたいな光景。
「―――…、ぁ…」
触れただけ。
すぐに離れたことに名残惜しそうな声が漏れた。
何故どうして今何したの、と。
そういうことは頭に無かった。
そんなことを考えるより、今目の前の同じ高さで微笑んでるギギナを見てることの方が大事な気がした。
「ガユス」
俺はふと、王様が国を建てた切っ掛けは使命でも運命でも私欲でもなくて。
案外、その場の勢いだったんじゃないかと思った。
「私が直々に貴様へ研究材料を提供してやろう」
最も、偉人となれるかは貴様次第だが。
無意識だった想いを今その場で意識に変えて。
意図して甘い言葉を吹き込んで。
そして結ばれたこの関係に、たった今からあの名を付けよう。
ゼノビア個人というより王様という幅で。
もうギギナはガユスの家臣か奴隷でいいと思う。
2006.4.26 わたぐも