「ガユス」

「何?」

「愛している」

「……ばか…」




不意に、何でもない時に思い出したようにあいつが与えるその言葉。
きっと、どこか俺の知らないところで女を口説くときにも使っているんだろう。
そう自分に言い聞かせ、思い込まずにはいられなかった。

俺もだ、と。

そう返せるほど俺は素直じゃないから。


でもそう返せば良かったんだ。

冗談交じりにも言えた筈なのに。







41.悪夢






眼前に広がるのは黒い海。
そこに沈んでいるのは胴と別離した <竜> の首。
もう何の光も宿していないその瞳はどこか明後日の方角を見ていた。


俺が沈むのは紅い泉。
生暖かく、咽せ返るような香りのする水。
それは俺の抱く白い華から枯れることなく湧き出ている。



「―――ギギナ?」



それは紅に染まる華の名。



―――なに?

―――なんで?



「…どう…して…」



お前が血まみれになってるんだよ?



「…な…に…?」



―――今、何があったんだっけ?







今回の仕事は役所からの<竜>退治だった。
標的は推定500歳の<竜>。
決して弱くは無いが、これまでの経験からすれば恐れる程でもなかった。

報告書にある目的地に着いた俺とギギナは周囲を捜索、そして問題の<竜>を発見。

そして最後にギギナがネレトーで<竜>の首を両断し、竜が絶命。
それで仕事は完了した。


――――筈だった。



「ガユスッ!!」



切羽詰った相棒の怒号。
その声に振り返った俺の目に飛び込んできたのは迫りくる<竜>の顎。



(……首だけになって動くかな、普通…)



正直な感想。
でも最期の言葉にしては少々…いやかなり間抜けだな。


何処までも続く黒道に呑まれる。


その直前割り込んできたのは銀色の。







「……庇…われ、た…?」



やっと理解した現状。

冷たくなっていく身体。



「…な……冗談…だろ…?」



―――なんで?



「…ガユ、ス……」



肺を潰したのだろう、不明瞭な声。
いつもと違う響きのその声は俺の混乱を煽るだけ。



「……ガユ…ス…」

「喋るなッ!!」



喋る分だけ血が噴き出る。

血が止まらない。

何故止まらない?

傷が深いから。


それは、つまり、もう。



「…ッッ…!!」



血が止まらないならその分増やせばいいだけだ。
その後は、ギギナ自身に治癒咒式を発動させるしかない。

嫌な思考を振り切って、なんとかそう結論付けた俺は<殖血>ゾーチを発動させるため、ヨルガに手を伸ばす。


その時、ギギナの普段よりも白さを増した指が頬に触れた。



「……生きて、いるか?」



何言ってんだよ?



「…生き…て、いるの…か、と…聞いて…いる……」



他人の事より自分の心配しやがれ



「……ガユ…」

「…ぁ…あぁッ!生きてるッ!俺は生きてるからッッ!!だから!!」



もう、喋るな。お願いだから。



俺の叫びにギギナが返したのは、微笑み。

俺が今までに見たどの顔よりも綺麗に微笑んで。


――――なんでそんな瞳、してるわけ?



俺の中に浮かぶのは疑問。



なんでお前はそんな満足そうなの?



だって、<竜>の最期の瞳はあんなにも憎悪を滲ませてた。



―――最期?




「…ギギナ…」




微笑み

血の口づけ

そして彼が紡ぐ、俺に贈られる最期の言葉は―――




「愛している」