36.輝く
ひょっこひょっこと。
眼前を歩くあれが一歩一歩と踏み出すたびに揺れるそれ。
きらきらと。
その度に日の光が反射して綺麗な銀色がとても綺麗。
俺の目線の直ぐ先をひょこひょこきらきらしながら行ったり来たりする。
なんだか、走れば走るだけ追いつけなくなる目先に吊るされた人参をそれでも
求めて馬鹿みたいに走りつづける馬の気分。
その時きっとやつらはこう思うはずなんだ。
もう少し舌を伸ばせば届くかも。
もう少し速く走れば届くはず。
疲れるけれどそれでもあれが欲しい。
だから俺も直ぐそこにあるあのきらきらしたものを見ながら思うんだ。
もう少し速く歩けば届くかも。
手を伸ばしたら届くかな、掴めるかも。
引っ張ったら怒るかな、怒るだろうな。
リスクがあってもこの手にあれを掴みたい。
少し早足になってそろりと手を伸ばしてみる。
………あ、掴めそう。
衝撃。
そんなことを思って実行、成功しそうだったその矢先。
よそ見したので俺は電信柱に正面から激突した。
痛い。物凄く痛い。油断していたから特に痛い。
「…何をしている」
痛さのあまり屈み込んで強打した顔面を押さえていると頭上か
ら「馬鹿か貴様」という電波を受信。
「……うっさい」
鼻声。ついでに涙目にもなって俺は有害電波の発信源を睨み上げる。
あーあ、相変わらずきらきらしてるな、あれ。
でも今はもう遥か上空、地上194センチメルトルはとても遠い。
「いつまでそうやって道端の犬の糞宜しく屈んでいる気だ。…立て」
日の光を受けてとても輝いているそれは、自分を睨み上げたまま地べたにしゃがみ続ける俺に
凄みを聞かせてそう告げる。
しかしそれでも俺が動く気配が無いのを知ると溜息を吐いて腰を折った。
地上120センチメルトル強。
(…あ、少し、近くなった)
何をするのかとその動作を目で追えば地面に転がっていた知覚眼鏡を拾っていた。
どうやら俺が電信柱にタックルをかました拍子に落ちたらしい。気付かなかった。
拾った眼鏡をくるくると回す動作は多分、傷が無いかの確認なのだろう。
普段からあれが俺の本体だといって憚らないのは満更ではないらしい。
そして本体の無事を確認し、しかし本体なのに畳みもせずに無造作に俺に差し出そうとして、
また地上194センチメルトルの高さに戻ったそれは今度こそ心底呆れた声を出した。
「…何を泣いている」
電信柱にぶつかっただけだろう、貴様それでも咒式士か。
台座の俺には直球の厭味ばかり投げてくる。
何だよそんなに怒らなくてもいいじゃないか、掴むどころかまだ触れてさえもいないのに。
そう、触れてもいないのに怒られて。
そしてさっきよりも悔しくなった。おまけによくわからないけど腹立たしい。
だからさっきよりも強く睨んだら、見上げる先で太陽を背後に輝くそれは何故か狼狽し出した。
「…なっ…!…、だっ、だから泣くなと言っているだろうっ?」
あたふたと。
普段の無頼さを欠片も残さず粉砕してみっとも無いほどに狼狽えるそれは、
それでも変わることなくきらきらしてる。
というか泣くって何だよ俺泣いてないし。ちょっと涙目になってるだけだ。
そう言おうと思ったら顔面を押さえていた手が鼻水とそれ以外の何かで濡れていることに気が付いた。
あれ、本当だ俺、今泣いてる。
そして止めようと思っても止まらないことにも気が付いた。
おまけに鼻水は啜ったら戻ったけれど、涙はそれは出来ないとも気が付いた。
自分ではどうしようもないので仕方が無いから諦めて、声も上げずに只々光を見上げて泣いていたら
地上194センチメルトルまで遠ざかっていたはずのそれがしゃがみ込んだ俺と同じ高さまで降りてきた。
…凄く困った顔をしている。
「…だから、泣くな…」
好きで泣いているんじゃなくて、只々止まらないだけのに。
近くなったはずなのに、なんて遠いんだろう。
遠いのに、何でこんなに眩しいんだろう。
心なし銀色の眉を下げているそれが、真っ白で綺麗な指で流れる涙を黙って拭き取った。
そしたら止まらなかった涙が嘘みたいに止まった。
あれ、おかしいな止まらなかったのに。
瞬きをしていると俺が泣き止んだことに安心したのか眼前で苦笑する輝きは何か言葉を投げてきた。
「あまりに泣くから、瞳が濡れて輝いている」
近くなった銀色の輝きに手を伸ばし、この手に握り締めて力の限りに引っ張ったら頭を叩かれた。
そしたら笑いと、また涙が流れた。
ギギナとガユスの自分に無いもの強請りのところが好きです。
2006.2.3 わたぐも