「なぁ」

「なんです、陛下?」


陛下って言うな名付け親。

いつもならそう喰らい掛かるんだけど今日は違う。
それを言ったら勘のいいあんたは二度目の問い掛けに答えてはくれないから。
柔らかな笑みで、決して核心には触れされてくれないあんただから。


「あのときのあれ、どーゆー意味?」


それは今からだいぶ昔。
でも昨日のように鮮明で。
おれをクローゼットに押し込んでどさくさ紛れに囁き残したあの台詞。






ワンシーン





爽やかに、しかし最近どこか不穏なオーラを滲ませ始めた気がしないでもない青年。
つまり魔王陛下のおれ改め渋谷有利原宿不利の護衛役ウェラー卿コンラート更に改めコンラッドは。

相変わらず笑顔は崩さなかったが、しかし「あれってドレッシング?」 なんて寒いギャグを飛ばすようなことはしなかった。
どうやら少なくとも今現在、おれが割りと本気な話を持ちかけているのは察してくれたらしい。

そして逡巡の後、少し困ったように眉を下げて尋ねてきた。


「……“あのときのあれ”―――と、言うと?」


おれはきっと今あからさまにムッとした顔をしたに違いない。
その証拠に魔王の護衛役は苦笑しながら更に眉を下げた。


「“俺が戻れなくても許してくれ”」


きっとそれは彼にとって当たり前の決意なのだろう。
それは普通の、それこそ抱くなんて大層なものでは自然体の意思。

だからそれはおれにとって当たり前の不安になるのだろう。
それは自然な、そして漠然と感じる見えない恐怖となって圧し掛かかる。

主を守る為には自分の身さえ厭わない勇気や決意は家臣として当然のことなのかもしれない。
王を守る為の護衛なんだ、それはわかる。この際、わかったことにする。
けど。


おれより頭一つ分もっと高いところにある顔を睨みつけるように見上げれば、 彼は少し困ったように苦笑した。

今、コンラッドは困っている。
でもそれはおれに睨まれたからだ。
おれが不機嫌になってるからだ。
自分の俺が怒っている彼の言葉と心構えを反省しての困惑では、ない。

だからこそ言わないと。
言わないとこの男は一生わからないから。


「許さないかんな」


言わないと死ぬまで…いや、きっと死んでも理解しないから。


「どっか行ったっきり帰ってこないなんて事があったら、絶対許してやったりなんかしないからな」


正直なところ、こうやって面と向かって言ったって彼は理解なんかしてないんだろう。
おれのことを「優しい人だ」とそんな簡単な一言で片付けてるんだろう。

そうじゃない。
そんなことを言ってるんじゃないんだ。


「野球はな、ベースを踏むだけじゃ駄目なんだよ」

「…陛下」

「ホームラン打ってもホームを踏むまで点が入らないんだよ」

「陛下」

「塁に出たランナーはその後絶対に戻って来なきゃいけないんだ」

「ユーリ」

「名前呼んだって許してやんない」


本当は名前を呼ばれるのは凄く嬉しい。
いつも役職で呼ぶくせに、その瞬間だけは一線を引かずにただ傍にいるのだとわかるから。
魔王の隣じゃなくて野球が好きな渋谷有利の隣にいるのだと思えるから。

あんたがくれた名前を、あんたが呼んでくれるのを、ずっと聞いていたいんだ。

だから、言わないと。


「ウェラー卿コンラートに命令する」


じゃないとそれは、いつかの遠い思い出に変わってしまう。


「…行くことは、止めない」


嘘。
本当は何処にも行って欲しくは無い。
ずっと傍にいて、おれの隣で温かさを感じていたい。

でも、それじゃ駄目なんだ。

おれのしたいことは戦争の無い平和な国をつくること。
あんたのしたいことはそんなおれを守ること。

その為に。
その為の。
犠牲がゼロの方法なんて無いんだってことは、もう嫌というほど解らされた。

傷付くのを恐れていては何も始まらない。
どんなに凄い打者だってバッターボックスに立たない限りベースも踏めない、チャンスすら来ない。

一歩を踏み出さないと、何も掴めはしないと知ったから。


「絶対に戻って来い」


これだけは何にしても譲れない。
これだけは何にしても譲ってやらない。

点が入らなくても勝てるなんて、ルールブックには書いてないから。


「返事は?」


だから言って。
戻ってくると、わかったと。

その一言でいいからここで言って。


「……善処、します」

「善処じゃ駄目だろ。王命、しかも極悪非道背徳の化身の魔王様の命令だぞ。死んでも従うべし」

「はいはい」

「はいはいじゃなくてー」






きっと、そう遠くない近いうちに。
コンラッドがおれの傍から離れていくようなそんな気が、なんとなくしていた。

あのときのあんな言葉がふとした時に思い出されて駆け出す背を見送るたびに不安が過ぎる。
俺を守ると言ったあんたの行動は、おれとは縁遠かった筈の喪失と死をいつも匂わすから。


だからあんなことを言った、命令した。
そして誓いを立ててくれるのならば、いつか彼が離れていっても その誓いを信じておれは馬鹿みたいに永遠の月日も待っていられるから。


今はまだ、命令だから、でいい。


でもいつか、こんなくだらない命令なんかしなくても自分 で考えてそれで自分を大切にして欲しいんだ。



出来るなら、おれの理想が叶ったそのときには。

青春ドラマのような眩しいものじゃなくて良い。
勝利の感動に浸る清々しいものじゃなくて良い。

古臭く埃を被り、ノイズが入る程に使い古されたB級映画のワンシーンで構わないから。
大声で歓声を上げて肩を叩いて抱き合って。




―――なぁ、コンラッド。



あんたの隣で笑いたいんだ。






コンユにハマった直後にオフ友・相澤さん捧げた一作。
何を隠そうコンユ小説はコレが初書き。相澤嬢から許可を得たのでアップです。
信じることを止めないユーリに誓いを立てるのは諸刃の剣だと思う。


2006.2.1  わたぐも