まだ王という任に就いてから間もない彼が、積もる政務に嫌気が差してふらりどこかに
消えてしまうことは今に始まったことではない。
こころ
己の世話係を転がすのが上達した新米魔王陛下。
そんな彼が突如として消息を絶つ度に、側近達(主に二名)は争奪戦の如く駆け出す。
しかしいつもきちんとゴールへ辿りつくのはそのどちらでもないもう一名。
柔らかな日差しと軽い風が香る丘の上。
鮮やかな緑を踏みしめて上った先からは城下町が見渡せる。
「…やっぱりここでしたか」
わかってはいたが、実際にその姿を見ると安堵する。
ここは国内なのだから危険などないとわかってはいるけれど、それでも。
「ユーリ」
そこから踏み出すことはせず、呼び掛けてみるが返事は無い。
感じる気配から寝ているわけではない事は読み取れた。
だからといって拒まれているわけでもないこともわかる。
少し躊躇ってからコンラッドは止めていた歩みを進め、ユーリよりも少し後ろでまた止めた。
「城の者―――特にギュンターとヴォルフラムが血相を変えて探してましたよ」
二人の形相を思い出し苦笑する。
度重なる王の脱走に捜索。
しかし回を重ねても一度として彼らが自らの君主を見つけれたことは無い。
そして毎度王を連れて帰る自分に向けられる視線に苦笑いするしかないのも、今ではもう慣れてしまった。
「…ユーリ?」
疲れた。緊張する。肩こり。単調作業に白旗万歳。
普段の彼の失踪動機はそんなところ。
城が嫌いというわけではないが王としての、しかも慣れない国での政務は彼の神経を大きく疲労させている。
それは周りのものも十分に理解しているようだった。
ユーリの脱走の度に増える仕事と正比例して眉間の皺を増やす長兄が、しかし決して「監視を付けろ」とは
言わないのがいい例だろう。
ユーリが地球に戻ることが出来なくなってからもうすぐ2ヶ月になる。
当時の彼の落ち込み具合といえば相当なものであった。
しかし自分よりも他人を優先しようという性格、更にあの直情さが拍車をかける。
そうして城でも慣れない土地でもその素振りを見せないように懸命に振舞っていた。
己で見て、聞いて、触れて、感じて。
誰であっても見捨てない、種族も厭わない。
万人を思うその精神は何より王に相応しい。
だからこそ、その姿がまた痛々しかった。
そんな王の心情を悟ってか、側近達もユーリを励ますことに勤めた。
長兄は一定期間毎に編みぐるみを血盟城に献上し、末弟は喧嘩相手となり、王佐はもう言うまでも無いだろう。
かく言う自分もキャッチボール相手を始め、早朝ランニングに付き合ったり、側近達の愚痴を
承知で合間合間に城外に連れ出したりしている。
先日帰国した幼馴染にはまたも「過保護」と呆れられたが、奴もユーリへの土産を脇に抱えていたのを見た。
そして今し方彼を見つけたこの丘は、自分が落ち込むユーリに教えた場所。
「……小さい頃はさ」
何の前置きも無く、自分より数歩先から呟きが漏れた。
「ノートとかページ全部埋めたら新しいのを使え、って言われるんだけどさ。
でもあの頃はノートを最後まで使い切るなんて有り得ないて思ってた。
終わりがあるって気がしなかったんだ。
鉛筆も消しゴムも、ペットボトルの水とか、マラソンとかも同じ。
ずっとずっと続いて……なんていうか、終わりなんて来るはずが無い、って思ってたんだ」
ぽつりぽつりと。
視線が交わることも無く淡々と告げられる独白は、聞き取れない
程ではなくとも普段からは想像し難い程小さい声で紡がれる。
穏やかさがいつまでも続くような感覚。
終わることなく永遠と思えた時間。
けどいつしか終わりが来ると理解して、終わるのが当たり前になっていく。
それは幼い過去を懐かしんでいるようでいて、そうでなくて。
「ここで景色眺めてたらさ、なんとなくそんなこと思い出した」
「それで?」
「それだけ」
城を抜ける直前にユーリがした仕事は周辺国の情勢確認。
「俺、戦争はしないから」
誰に向けられた訳でもない漠然とした決意。
それは己に対する誓い。
そして彼が掲げたたった一つの公約。
―――嗚呼、どこまでも優しい方だ、と。
その真っ直ぐさが眩しく映る。
「コンラッド、帰ろうぜ!マラソンしながらがいいな!」
振り向いた彼は既に笑顔だった。
やがて辿り付く場所が永遠だなんて、それは有り得ないことだけど。
それでも貴方が望むのならば、何をしてでも叶えたいと思うよ。
どれだけの悲しみに暮れたとしても、次にまたその笑顔が照らしてくれるなら。
振り向いたそこは眩しい太陽のような。
万人への優しき心。
それは誰より王に相応しく―――、そして誰より王に相応しくない心。
ユーリ陛下の優しさを書きたかったんです。
永世平和主義、戦争をしない。
それって眞魔国だけじゃなくって、他国も平和になれるってことだと思う。
しかしどうもコンユはシリアス系しか浮かばない。
次こそ甘いのを!
2005.9.29 わたぐも