『スポーツの』
「今の季節は?」
「秋、ですね」
城の執務室から見える庭。
その木はもうすっかり紅く色付いていた。
「どうしたんですか、急に」
「いやさ、こっちの春は日本と比べて寒かったけど、
秋は似たような気候だなーって思って」
漆黒の瞳は紅葉した庭の木々に向けられていたが、
しかし映っているのは今は遠い彼の故郷。
「日本の秋は『食欲の秋』とか言って、食べ物が美味しいんですよね」
「そうそう!焼き芋とか焼き栗とかも旨いんだよな!
秋はやっぱり山の幸!松茸なんかも秋の風味だけど、
高級だからおれ食ったこと無い―――
てか、コンラッドって変なことばっかり知ってるな」
「陛下の為に勉強したんですよ」
「ソレハドウモ…ってか、陛下って呼ぶな、名付け親」
「失礼、つい癖で」
おれの為ってんならまずそれを直せよなー、とぼそぼそと呟く顔が
赤いのは庭の紅葉の色が反射したからだということにしておこう。
いつの間にか、手持ちの本に向き直っていた彼は王佐が熱血指導中の
魔族語習得に奮闘中。
「ユーリ」
「なに?」
しかし名を呼べばひょっこりとこちらを向いてくれる。
それに口の端が緩むのが堪え切れず、彼が言う『人の良い笑顔』で
俺は自らの主に提言する。
「息抜きにキャッチボールでもしに行きますか?」
「えっ、マジで!?」
落ち葉を集めて焼き芋の食欲の秋も、
魔族語習得の為に読書の秋もいいけれど。
スポーツの秋なら貴方と二人きりだから。
『demand of ...』
「俺の魂を地球に運んだ人でー」
「陛下がお生まれになる前少しですがお傍に寄せていただきました」
「相乗りの人で俺の名付け親でー」
「まさか採用されるとは思いませんでしたが、強く育たれ誇らしいです」
「眞魔国では魔王らしい俺の護衛なんかやったりしてー」
「思考よりも身体が先に動く方なので気苦労もそれなりに」
「う゛っ…やっぱり昨日、後先考えずに川に飛び込んだの怒ってマスカ?」
「まさか。ユーリが助けた仔犬
は無事でしたしね」
「…その笑顔が鼻を刺す」
「それは鼻じゃなくて胸。大丈夫、
もう怒ってないから」
「……本当?」
「ただ、その行動力をもっと別のところで発揮してくれないかなー、って思ってるだけで」
「?別ってどこ?」
「だから思うんだよ」
『カナシミスマイル』
笑顔、微笑み、笑顔、笑顔。
「焼っけたかなっ?焼っけたかなっ?」
「もう少し時間が掛かりますよ」
「そうかな?」
「芋は煮るのは早いけど焼くのは長いから」
「コンラッドがそう言うならそうなんだろうなー」
ユーリはかき混ぜようと握っていた枝を離して手元に置く。
「焼っけたかな、焼っけたかなっ?」
焚き火に埋もれたを甘薯を眺める笑顔。
「あ、もしかしてやっぱり俺って音痴!?」
「良い歌でしたよ」
「良いかなぁ…てかじゃあ何で笑ってんの?」
「食い意地張ったユーリがあまりにも可愛らしかったから」
「可愛い言うなっ!」
憤慨して真っ赤になった顔にまた笑みが深まった。
貴方が笑って、俺が微笑んで。
そしてまた貴方が笑うから、俺は笑える。
『進言』
先程から必死一身に手元に集中している主に進言すべきか、それともこのまま見守るべきか。
暫し考えたが、ぱきんと暖炉の焚き火が爆ぜた所で悩める男ウェラー卿コンラートは前者へと決意を固めた。
「あの、へい」
「駄目だコンラッド、動いちゃ駄目だ!駄目ったら駄目!腕の距離はそのまま!高さも!弛ませるのも禁止!!」
「……はい」
「そのまま静止」
「………」
「………」
静寂。
しかし再び、ぱきん、と暖炉の薪が叫んだところで今度こそ、と笑顔が武器の家臣は口を開く。
「…あの、陛下…いや、失礼、ユーリ」
「……」
「お忙しいのは重々承知しているのですが少し宜しいでしょうか」
「……なに?」
「目数をお数えになっているところ申し訳ないのですが…」
「…うん?」
息を吸って、気合を入れて。主の悲観する表情に覚悟を決めて。
「編み目、二つほど足りないようです」
「……………あれ?」
『節分』
「今年の恵方は南南東ー」
「ユーリ、ご所望だった太巻きがロールサンドウィッチになったんだけど…」
「なんでくるくるサンドウィッチに!?」
「どうも酢飯がわからなかったようで」
「あーそうか、そうだよな、地球に住んでる外国人ですら『オゥ!ジャパニーズスシー イズ ミラクゥー!イエー!』とか言って回転寿司ではしゃぐくらいだ。見たことも聞いたことも無いこっちじゃ無理だよな」
「期待に応えられなかったと料理長はかなり項垂れてました」
「うわ、そりゃ悪いことしちゃったな。えーっとどうしよう、そうだあれだ、日本の酢飯は魔王でも再現できないミラクルだから気にしないように、ってお伝えください」
(05.9〜06.2)