「ティエリア!」
「騒々しい」
バタンと勢い余って玄関を開け放った刹那の顔面めがけてスリッパが強襲。先に帰宅していたティエリアの仕業だ。しかし四男はその場にストンとしゃがみ込んで軽々と回避。
スリッパは黒い癖毛の上を通過、パンッと平手打ちのような音を立てて玄関扉に文字通り、貼り付いた。落ちない。どんなテクだそれ。
今日も命中しなかったスリッパに、ティエリアは堂々と舌打ちする。
刹那は兄弟の中で二番目に運動神経が良い。
それに比例する反射神経のおかげで、末っ子は未だ「ティリアのスリッパ」の餌食になったことはない。刹那は今日も伝説を作った。
因みに、一番運動神経が良いのはアレルヤだ。しかしスリッパの餌食が一番多いのもアレルヤだ。運動神経と鈍臭さは、必ずしも反比例ではない図の生きた見本。
強襲を難なく躱した刹那はパタパタと足音立てて、リビングの兄の元へと駆け込む。
「ティエリア!」
「騒々しい、と言った筈だ」
「やはり、例の計画は企画・実行すべきだ」
「またその話か」
ティエリアはこれ見よがしに溜息を吐いて見せる。
些か興奮して何事かを口走った末弟を、鋭い眼光と冷たい言葉でスッパ切る。
「やらない」
「やる」
「やらない」
「やる」
「しつこい」
苛立たしげに吐き捨てる。心なし、その語気には苛立たしさが含まれていた。
ある意味、当然だ。あの日、あの一言を口にするだけで湧き上がった妙な羞恥心は耐え難いものだった。それを押し殺してまで尋ねたその返答が「不要」ときたのだ。
己の手を煩わずに済むのは大変結構。
しかしどうにも釈然としない気持ちはティエリアの中に確かにある。けれど必要ない、と言われてはどうしようもない。
不要ということで頓挫となった計画。解決した。
ここにきて、それを刹那がまた掘り返してきたのだ。
回想と共に甦ったティエリアの苛立ちに貧乏揺すりが加わる。
「あの二人は誕生日企画など必要としていない。よって実行に意味は無い」
「それは違う」
「いい加減にしろ」
「それはフェイクだったんだ」
「なんだと?」
「あいつらは、俺達を試している」
穏やかでない台詞。
見れば真剣な刹那の表情は真剣。怒りに似たその感情は、闘争心。
末弟の気迫に、ただの駄々では無いと悟った。
「三十秒」
番宣かよ。
けれど刹那に動揺はない。深刻な表情を崩さず口を開く。
今日学校でスペイン人の女が、から始まる末弟の話。例の誕生日祝不要の話をしたんだそうだ。
以下、その導入部にして一部抜粋。
『誕生日にプレゼント?意外と甲斐性あるのね、あんた』
『だが、気持ちだけで十分らしい』
『なにそれ?プレゼント渡せないくらい遠くに住んでるの?』
『同じ家だ』
『同棲!?』
『同性だ』
『あんた馬鹿!?』
『何故だ』
『一緒に住む仲で誕生日に何も要らないなんて有り得ない!』
『だがそう言った』
『――ヴァレンタインとは戦争。誕生日とは果し合い』
『?』
『馬鹿で鈍チンなあんたに教えてあげる』
『それは同棲相手からの挑戦状よッ!!』
バタンと閉じられたノートパソコン。
その合間から押し出された空気が塵を撒く。
兄の瞳にも、不屈の闘志。
「初めて意見が合ったな」
その話、詳しく聞こうじゃないか。
02.愛するという事
結局お祝いするようです(方向性に難あり)
続きます
2008.2.13 わたぐも