委員長とひよこ組 

携帯が鳴った。ざわめく講堂。集まる視線。

「――失礼しました」

授業中だった。




「なんという失態だ」

滅多に鳴らない携帯電話が鳴った。メールを受信したのだ。
授業も終了した今、ティエリアは苛々しながら内容を閲覧する。
アレルヤからだった。


『ロックオンに急の仕事が入ったらしい。刹那が一人になる。夜の講義、休めない?』


曰く、刹那のために家に帰ろう。

「子供じゃないんだぞ!!」

携帯に向かって怒鳴り上げる美男子に教室が震撼する。
今日こそ彼に声を掛けよう!と意を決した女子学生が真後ろで悲鳴を上げたが、そんなことなどお構い無し。それがティエリアがティエリアたる所以。
更に二名の女子、三名の男子がときめいた。ファンクラブに五名様ご案内。

子ども、というのは自分ではない。
刹那のことだ。
自分と彼は戸籍の上、三男・四男という関係だ。社会的には弟にあたる。
高校生である彼。確かに、義務教育課程を修了したにしては自覚が足りないところがあるのは認める。だがその大半は長男の責任だ、とティエリアは考える。
一から十まで構い過ぎるのだ、あの男が。
芽生える自覚の芽どころか、植えた種から掘り起こすあの過保護ぶり。誰かそろそろ、あいつを地面に埋めた方がいいと思う。

しかも。
最近、アレルヤにもその気が出てきた。
彼がなんだかんだと刹那に菓子類を与えているのをティエリアは知っている。
加えて今日のこのメール。あれはもう16、一人で飯も食えないわけでないだろうに放っておけば良いのだ。成長の機会が根こそぎ奪われている気がしてならない。身長で全てを判断してやるな。甘やかす、という面においては、ロックオンの悪影響を受けているとしか思えない。

というか。
こんな諸連絡のために自分の携帯を鳴らされ、あまつ恥をかいたのかと思うと腹立たしい。
アレルヤの責任だ。悪いのは全部、あいつだ。
一言文句を言ってやろうと思った。

「‥‥」

パタン、と携帯を閉じる。

三男ティエリア、大学生。専攻科目はコンピュータープログラム。
苦手なものは携帯。
返信操作はおろか、マナーモードの存在すら知らない。









「明かりくらいつけたらどうだ」

あと、エアコンもだ。
冬の六時を回ったというのに、稼動している家電は冷蔵庫のみ。真っ暗なリビングは冷え切っていた。
スイッチを入れれば、二、三度点滅した蛍光灯がパッと部屋を明るく照らす。

「――ティエリア?」

呆れた視線を遠慮なくぶつける兄に、ソファに埋まっていた刹那は驚いた顔をした。
室内にいながら、耳と鼻が赤い末っ子。ティエリアが温度計に目をやると、室温は摂氏十度を切っている。何時間そうしていたんだ、と眉間に皺が寄る。
その目が赤いのは元々、ということにしておいた。

「‥なんで」

本日は帰宅予定の無かった兄の姿を視認。
途端、目に見えておろおろし出したのは刹那だ。その服装は珍しくも制服のまま、おかげでブレザーはぐしゃぐしゃに皺が寄っている。普段なら、帰って直ぐに私服に着替えるというのに。
しかしティエリアがそれを気に止めた様子はない。ズカズカとリビングに入り、机に投げ出されたままのエアコンのスイッチを操作する。
ピピピ…、と高い電子音の後、ゴウンと暖かい空気が流れる。
動揺する末っ子の疑問に答える代わりに、一言。

「ロックオンじゃなくて、残念だったな」

何か言おうと動いた刹那の口が、きゅ、と引き結ばれる。
三男は脱いだマフラーをラックに掛けた。

本来なら、今日の帰宅組は、刹那とロックオンだったのだ。
アレルヤとティエリアは、各々バイトと大学での研究作業。
この三日、仕事で家を空けていた長兄が今日やっと帰宅すると言ったから、ティエリアもアレルヤも予定を入れたのだ。なのに。

「仕事が長引くそうだ」
「‥知っている」

兄の話題を出され、不機嫌も露わの末っ子。ぶすっと、そっぽを向いた。
前言撤回。
自覚の不足はロックオンだけの責任ではないようだ。ああでもしかしこう育てたのはあいつなのだから、やはりあの男が原因か。
だが、この場にいない者への文句など何の足しにもなりはしない。
刹那のご機嫌取りはロックオンの仕事だ。自分の分野ではない。

「電子レンジで良い。温めて来い」

黙りこくった刹那に、ビニル袋を押し渡す。

「夕食だ」

中身は、焼き鳥。




皿に盛ってラップを被せてレンジでチン!
ほこほこ、と湯気立つ焼き鳥。
はぐはぐ、と頬張る小動物を眺める。

「甘辛い」
「腿だからな。そっちのつくねと隣の軟骨、その隣のレバーはまた違う」
「黒い」
「皮は君好みじゃないかもしれないが、挑戦するのも悪くはない」

五枚の大皿に、本当に山盛りの焼き鳥の一々を説明するティエリア。
はぐはぐと鳥を頬張り続けながら、ちゃんと聞く刹那。

「そして最後に、言っておく」

そのうちの一本目の串を食べ終わった末弟に、言い放つ。


「食せるのは、肉だけだ」


くっきり歯形の残った串は一本だけなので、小言は見逃してやることにした。

無言の食卓。ティエリアが席を立つ。
何事か、と眺める刹那の口の端には、照り焼きのタレ。

「飲み物は」
「‥‥」
「緑茶でいいな」
「ミルク」
「却下だ」


焼き鳥とミルクってどんな組み合わせだよ、バリューセットじゃないんだから。









「ただいまっ!」
「うるさい」

何かが顔面を強打した。
スリッパだった。大慌てで帰宅して、玄関のドアを開けた途端にこの仕打ちは酷い。
しかし今はそれも気にならない。リビングから自分の顔目掛けてスリッパを投擲した人物の姿を見止めて、アレルヤは感嘆の声を上げた。

「ティエリアっ!帰ってくれてたんだ!」
「連絡してきたのはそっちだろう。あと静かにしろ」

鬱陶しそうな口調で兄を突き放す弟は容赦無い。
本を読むティエリアの隣では、ソファで丸くなってる刹那がいた。
パラリ、と静かにページを捲る音だけだ。

「寝てるの?」
「ついさっきだ」

ボリュームを落とした声と、抜き足でリビングへと入る。
興味なさそうにページを捲るティエリア。彼の側にあるノートパソコンは昼間、アレルヤが家を出る前に見た位置のままだ。動かした形跡どころか、電源を付けた様子も無い。
それが意味することに気付いて、アレルヤは笑みをこぼす。
それを目敏く見つけたのはティエリア。

「言いたいことがあるなら、言え」
「何もないよ」

フンと鼻を鳴らしてまた本に落ちる瞳。
アレルヤはマフラーをラックに掛ける。
時計の短針は12を越えている。

「ぐっすりだね」
「この三日、ろくに寝ていないからな」
「知ってたんだ」
「知らないのは、仕事に出ている馬鹿くらいだ」

――連絡して正解だった。
そう、アレルヤは思った。
周囲に興味がないようで、実は状況をしっかり把握しているこの弟。
やっぱり頼りになるなぁ、と再確認。

「今夜は夜勤のバイトだろう。どうして帰宅出来たんだ」
「早引きさせてもらえたんだ」
「何?どうやって」

僅かに瞠目する弟に、兄は、ふふ、と笑って見せるだけ。
それだけで全てを察したティエリアからは、呆れた溜息。

「やはり、ロックオンに似てきたな」
「それって褒めてる?」
「そう聞こえたのか、目出度い頭め」

二人して、苦笑するしかなかった。



「それはそうと」

話題を変えた赤い目線の先は、帰宅した兄の手荷物だ。

「君が手に持っているそれは何だ」
「ああ、これは、刹那がお腹を空かせてたら駄目だと思って」

ガサリとビニル袋が擦れる音がする。
オレンジと黄色でアルファベットはMのロゴ。

嬉しそうな顔で語る兄。


「照り焼きバーガーとミルクを買ってきたんだ」



貴様か!
委員長とひよこ組
次男はファストフード派、三男は惣菜派
2008.2.8  わたぐも