大砲とピストル 

「おまえなら、刹那をやってもいい」










「刹那が、いない」
「学友宅で定期試験前の勉強会と言っていたでしょう」

呑んだくれてブーくれている大人に冷たい相槌が打ち込まれる。
けれど大人の態度は変わらない。

「泊まりだなんて、聞いてない」

ぷい、と横を向いた。拗ねた。子供かよ。

「聞きましたよ。俺も、先ほど労働に出たアレルヤも」
「おまえらが知ってておれが知らない。何故」
「自分の胸に手を当てたらどうですか」

言われたとおり手を当てるロックオン。
ただし触れている場所は額だ。が、ティエリアがそれを指摘することは生涯無い。

「‥なぁ、ティ、「俺に絡んでも場所は言いませんからそのつもりで」

相手の言いたいことはわかっていた(というかいつも一緒)。よって皆まで言わせず、用意していた台詞を一字一句違うことなく読み上げる。

「‥なんだよおまえら、いつからそんなに仲良しなんだよー」

そんな三男の寂しい反応に、グスグスと鼻を啜りながら酒と摘みを煽る24歳。既に出来上がっている。その物体を鬱陶しそうに眺めならが適当な相槌を打つ、という行為をティエリアは繰り返していた。

今夜はロックオンとティエリアの二人が自宅組。他二人の所在は先の通り。
正直、自室に篭りたい。今すぐこの場を放棄したい。それが三男の本音だ。
だがそれだけは出来ない。
ロックオンは深酒をすると絡み癖が出る。それを嫌った自分は以前、外で一晩明かして朝、自宅に戻った。するとそこは大惨事。

この男、三男の自室で盛大にリバースしてやがったのだ。

長男曰く、「ティエリアが見当たらないから探した。力尽きた」
いっそそのまま地獄へ沈み込め、と思った。
それ以来、監視の意味も込めてリビングで一晩、共に明かす事を余儀なくされている。速く潰れろ、と念を送るのも忘れずに。(因みに、朝まで自室の扉を殴打されることが実体験で証明されているから、篭城策は使えない)

最も。
その一件すら、計算高いこの男の布石だったのではないかと疑っている。



「‥‥あれぇ?」

缶を頭上に掲げて中を覗き込む様は馬鹿だと思う。中身が入っていたら丸被りだ。
ニ、三度振る。出てこない中身。漸く、空だと気付いたらしい。
頼りない足取りの長兄が立ち上がろうと机に手をつく。三男の目が光る。

「何処へ行く気ですか」
「んー‥キッチン」
「俺が行きます。貴方は動かないで下さい」
「えぇー?」

おまえに出来るのか。
そんな不満声。
対するは、不穏な眼光。

「動くな」
「イエッサ!」

長兄の身体がガタガタと震えていた気がしないでもないが、気には留めない。
冷蔵庫。食器棚。貯蔵棚。
食べる機会はあっても、使う機会は殆ど無かった場所。
いつだって、ティエリアが何かするより速く、アレルヤが動いていたからだ。

摘みはもう切れていた。
仕方がないので塩を小皿に盛って、リビングへ戻る。

「‥‥おお」

長兄の感嘆の声。

「なんですか」
「いや、意外と気が利くと思って」
「馬鹿にしていると解釈しても?」
「至れり尽くせりってことだよ」

不機嫌を全面に押し出したまま、ドカリと座る。
笑いを押し殺すこともしないロックオンの舌がまた軽快に滑り出す。

「ティエリアなら、刹那をお嫁にやってもいいって意味」
「願い下げです。熨斗紙付けて送り返してやる」
「えーなんでー?あんなに可愛いのにー」

まだ言うか。
ティエリアは密かに溜息を吐いた。呆れのそれだ。

この男、酒に酔ったかと思えば自身の弟のことしか口にしない。
よくもまぁ、こうも話題が尽きないものだと思う。
アレの何処がいいのだろう。正直、自分にはわからない。
我侭というよりも、強情。頑なではなく、熱しやすい。けれど情緒不安定な訳ではない。
意志が強いのか弱いのか。全くもって理解不能。扱いにくいことこの上ない。

この男は、そんな少年と十六年も共に暮らしてきのだ。
それどころか、さらにアレを溺愛しているのだから理解に苦しむ。
それとも、兄とはかくも弟に構いたがるものなのだろうか?
自分たちの場合はどうだっただろう?
兄。自分の場合、黒髪のあの男だ。
彼はどうだったか。眼前の酔っ払いのように自分に構いたがっただろうか?

自分とアレルヤは、過去、どのような会話をして過ごしていただろう?



「なのにあいつ、刹那にピザまん食べさせたんだよ!酷くねぇ!?」
「――何の話ですか?」
「兄弟揃って酷い!?」

思考に沈み込んでいて、全く話を聞いていなかった。
気付いた長兄がメソメソと泣き始める。泣き上戸が入ったようだ。

自分が覚えている記憶。それは、残す必要があった記憶だけ。
そこには、アレルヤが、刹那が、ロックオンがいた。
だがそれは「楽しかったから」などという能天気にお幸せな理由で残したわけじゃない。
信用ならなかったからだ。 ――今、目の前で泣き崩れている、この男が。

ロックオンは良く笑う。
それはきっと一般の者が見れば好感を持つような、柔らかい笑顔。人好きがする笑顔だ。
ただ、自分はそうは思えなかった。この男が笑うところを見て、最初に思ったこと。
――いい人そう・・だ、と。
そう思った。

「いい人そう・・」な雰囲気であって、決して「いい人」ではない。
「優しそう・・」な笑い方、仕草をするだけで、決して「優しく」はない。
「似ている」だけで「同じ」でない。

そう決して、彼を「いい人」だとは思わなかった。

正しい意味では、この男は笑わない。
筋肉の位置が変わるだけ。画鋲で止めたように張り付ける。眼が笑わない。
ある一人を除いて、誰にも笑いかけはしない。己の全てが彼の為にあるような顔でいる。
他人に対しては飄々と。掴めない掴ませない。
胡散臭い?違う。もっと、こう――


「嘘臭い」


酔っ払いが愉しそうにこちらを見ていた。

「そう思ってるだろ? おれのこと」

ティエリアを眺める翠の瞳。先ほどまで、アルコールで緩んでいた筈の草の色。
末弟が密かに気に入っている翡翠の宝石。
それが今、あの子どもには決して見せない色で暗く濁っていた。
空気が変わる。御巫山戯には飽きたらしい。

「問題が?」
「別に?正しい判断だ」
「ならうちの家族・・は皆賢明です。あの二人だって思っていますから」
「『でも本当は優しい人』、ってな」
「刹那は貴方がそう育てたくせに」

吐き捨てる。
探るような視線が向けられた。
何時だって熱に浮くことも、自分を見失うこともしない碧瞳。
兄弟らしく、彼とそっくりで、それでいてひとつも似ていない瞳。
人を貶めることを、知っている眼。


「――本当、人を見る目あるよ、おまえ」


舌打ちを堪えた。
何故?自分は今、一体誰に遠慮したのだろう?

「真面目だなぁ」

唐突に、けらけらと笑い出した陽気な声。
眼前にいるのはまたいつもの酔っ払い。



「おまえなら、刹那をやってもいい」
「いらない。既に手一杯です」




――言うと思った。
そう言って笑う男を、思い切り蹴り飛ばした。


だったら言うんじゃねぇ。


と。
大砲とピストル
端から手放す気のない長男でした
2008.1.17  わたぐも