規則違反二人組 

ロックオンは仕事で今夜は家には帰らない。前々から知らされていたので予定通り。
ティエリアは‥まあ、それなりに。伝言残さず家帰らず、なんてザラだ。ある意味で予定通り。
こういう所で、各々の兄弟の違いが出ていると思う。
別に、寂しいとは思わない。
それがティエリアとアレルヤが長年培ったスタイル、自分達の「当たり前」だったからだ。

今夜の我が家は、アレルヤと刹那の二人。

夕食はカレーライス。
一体何時そんな隙があったのか、ロックオンが作り置いて行ったものだ。
鍋に少し水を足し、火にかける。退屈。温めるという作業は案外、時間が掛かる。

食器でも並べようか、と思った。
リビングを見れば、既に刹那が動いていた。これもティエリアとは違うところ。ロックオンの教育の賜物だ、関心関心。

サラダでも作ろうか、と思った。
けれど必要なかった。我が家の長男は用意周到。既に準備済みだった。
サラダを最初に見つけたのは冷蔵庫を開けた刹那。よって必然的に、ラップに貼り付けてあったメモ書きを見つけたのも、刹那。

『刹那に野菜を食わせること!』

名指しの人が無言でそれを握りつぶしたの見たことを、アレルヤは見なかったことにしておいた。


「いただきます」


フォークとスプーン、コップに注ぐミネラルウォーターは刹那担当
カレーの盛り付けに副菜の小鉢のラップ剥しはアレルヤ担当

サラダは自分のランチョンマットに二人分。
心なし、カレーの野菜も多かった。





食器も洗った。洗濯物も畳んだ。
テレビ画面から流れるのは淡々としたニュース番組。それも終わった。
そこで溜息が聞こえた。刹那だ。

それは普通ならば聞き逃してしまうような小さな吐息。
呼吸と捉えても問題ないほど些細な違い。溜息も吐息も所詮、肺を出入りする空気だ。二酸化炭素の量が変わるわけでもない。意味なんて無い。
けれどアレルヤの聴覚は、ないはずの違いを確かに聞き分けた。
そこに含まれるはずの無い意味だって、きちんと正しく読み取った。

「刹那、コンビニに行くかい?」

曰く、夜食を買いに行こう。

刹那はあまり出来合いのものを食べない。
正確には、食べる機会が無い、だ。
ズバリ、長兄のお陰である。別段料理上手なわけではないのだが、夕食の件でもわかるようにマメな性格をしている彼のこと、経済的にも健康的にも、自宅で作ったものが良いに決まっている、という主張のためだ。
プラスアルファの要素、彼流に言うなら愛情というやつ。

今夜、その長兄は帰らない。そしてあの人が生きようが死のうが、現役高校生の育ち盛りは変わらない。瀬戸際だ。
となれば残った自分が夜食を作ってもなんら問題は無い。料理は決して不得手ではないし、実際、刹那はアレルヤの作るホットケーキを気に入っている。

『ふわふわしているな』
『ホットケーキはそういうものだけど?』
『‥‥』
『どうしたんだい?』
『‥ロックオンが作るのは、硬い』

そんな会話。お褒めの言葉を頂いたある朝の自分。
‥‥実はちょっと、自慢だったりする。




「コンビニ」
「そう。どうする?」

もとより好奇心の強い刹那である。アレルヤの提案に関心を示した。
瞳がちらりと時計を確認する。朱色に滲む葛藤。
アナログの短針は11を少し過ぎた位置。
ロックオンが刹那に設けた、門限という枠を越えているのだ。

そんなことは当然、アレルヤだって理解していた。
ロックオンの前では言いつけを破ることなんてざらの刹那。それが兄のいない場面ではこうも律儀で健気な様を見せる。
兄弟として見れば傍目、どうも報われていない印象のロックオン。
しかし実際はどうだろう?なんてことはない。彼の存在は刹那の中でこうも大きい。
自分と、あともしかしたらティエリア。そんな少数しか知らない刹那の側面。
この子の兄がそれを理解しているかどうかはわからない。多分、知らないと思う。あくまで多分。

(なんだったかなーこういういの――‥ああそうだ、ツンデレ)

‥‥実は少し、愉快だと思っていたり、する。
強かなあの人を、まるで出し抜いているような気になるから。

「刹那」
「なんだ」

いいじゃないか、少しくらい。
知らない事を知ってみて、何が悪い?冒険したらいいじゃないか。
――別に、あの人の大事な大事な宝物を取り上げるわけじゃないんだから。

「先週、ぼくの誕生日だっただろう?」

突然、何を言い出すのだろう?
きょとんとした刹那のその表情。
そういう顔をすると、あの人とよく似ている。八つも離れているのにそっくりだ。
――本当に兄弟なんだ、と思う。思い知らされる。
この子とあの人は、ちゃんと血の繋がった兄弟なのだ、と。


「その時のケーキのろうそくの数、覚えてる?」
「小さいのを二十本」
「あたり」
「アレルヤ?」
「さて、刹那。」



――コンビニに、行くかい?





暗い夜道。冷たい空気。白い息。昇りきった月は存外明るい。

月と電灯の明かりを借りたって、自分の位置からでは、肩ほどまでしかない少年の顔は見えない。けれどどんな気持ちでいるかなんて、目に見えてわかる。その言葉の矛盾。手に取るように、と表現すべきか。
いや、それも違う。
だって自分が、もしくはこの子が。互いに互いの手に取ることは、生涯無いと断言できるから。

隣でそわそわわくわくしている小さな人。
兄の言いつけを守らず悪い事をしている自覚からの背徳感と、初詣でしか感じられない太陽の無い冷たい世界の存在への期待。
可愛いなぁ、と思う。純粋に。
あの人が放って置くわけが無いのも道理。
彼だったらここで「寒くないか?」と聞くだろう。そして返事も待たずに自分のマフラーを巻くに違いない。
だから。


「刹那は何が食べたいんだい?」
「ピザまん」
「じゃあ三つ買おうか」




自分の声が弾んでいることに気付いて、アレルヤは笑った。
規則違反二人組
大人が一緒なら夜中外に出てもいいのです
2008.1.14  わたぐも